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ホテルの呼び鈴が鳴った。

今日は珍しくエルは仮眠を取っている。最近やっと溜まってた事件に一区切りつけられたんだって、この前言っていた。



「こんにちはエムさん」

「わ、ワタリさん?!い、いつもお世話になっています」



ワタリさんは本当に紳士的な人で仕事をしているときとはまるで別人のような温かな方。



「珈琲でよかったでしょうか?」

「いえいえ、お気を遣わずに」


ワタリさんは柔和な笑顔で私を見上げありがとうございますと一言おっしゃった。


「私が突然来てしまったので、驚かれたでしょう。彼には言っておいたのですが…書類を渡しに来ただけですので。すみません」


紳士的で礼儀正しいワタリさんを前に少し緊張気味のあたしは小さくうつむいた。いつもそこにいるのは、素手でなんでも掴むクマ男だから。



「エムさんはお優しい方ですからね…いつも彼のわがままに、お疲れでしょう」

「彼も大変ですから。あたしは平気ですよ」



それにこれがあたしの仕事ですから、と笑った。


「彼をあんまり甘やかしてはいけませんよ?」


あとで大変ですから、とワタリさんが冗談を言うから思わず笑ってしまった。


「雇って頂けている身なのに、ご心配おかけして申し訳ありません…」

「いえいえこちらこそ、エムさんにはとても感謝しているんです。彼…エルはあの通りの子ですから、世話のかかることばかりでしょうに、エムさんが初めての方です」

「…はい?」



ワタリさんの言葉に疑問を感じたあたしの視線に気付いていないのかいるのか、腕時計を一瞥するとワタリさんは帽子をかぶり直した。


「いやいや…少し私も長居してしまいましたね。珈琲、とても美味しかったです」

「あ、いえ!エル…起こしてきましょうか?」


ワタリさんは大丈夫ですよ、寝かせてあげてくださいと言うと、ホテルの部屋の扉に手をかけた。



「エムさん」

「はい」


微笑むと、ワタリさんは扉を開けながら言った。


「エルのことを、よろしくお願いしますね」


何か、あたしにはとても大切な物を託されるように、その言葉が聞こえた。



「…はい」



ドアの閉まった音が、小さく耳に響いた。








「……クマ、全然薄くなってない」



ワタリさんを見送ったあとの部屋に戻って彼の寝室へ入って、寝息もうっすらとしかせずに毛布を蹴っ飛ばして丸くなっている彼の隣に座った。



「…寝相よくないし」



あたしは彼の足元に丸まっている毛布を広げて彼の肩を覆うまでかけた。いつも大きく見開かれている目は細く瞑られていて、その下にはやっぱり濃いクマがくっきりとあった。
いつまで経っても休まることの無い彼の象徴。



「…今日くらいは、良いかな」



──もう少し、寝かせてあげよう。



黒々とした彼の髪を撫でると…、なんとなく。本当に、何となく。
彼を抱きしめたくなってしまった。



「エム…さん」

「!」



ぴくっと体が一瞬固まったけれど、それからまた規則的な寝息が聞こえたので一気に気が抜けた。



「……バカみたいね」





必要最低限のアイ





もう一度そっと彼の髪に指を通して、あたしは部屋の扉を静かに閉めた。



END