エムさんは私のものです。
「にゃーん」
…ネコの分際で、生意気ですね。
「……」
「どうかしましたか?」
エムさんは先ほどから不機嫌です。なぜ不機嫌なのかは分かりませんが表情があからさまにそれを訴えています。
…そんなエムさんも例えようの無いほどに可愛いのですが。
「…もっとちゃんとしたお昼が食べたかった…」
「あの店ではお気に召しませんでしたか?…では、あの店の」
「お店じゃなくて、ジャンル」
「といいますと?」
彼女は突然立ち止まると、私の前に顔をしかめて立ちはだかりました。
「なんでお昼がケーキ屋さんなの」
「ケーキの気分ではありませんでしたか?…困りました、この近くの有名な洋菓子店はあの一軒です」
「…エルの常識が分からない」
「?」
溜息を小さくつくとエムさんはまた歩き出してしまいました。
「…エムさん?」
「………」
「…エムさん?」
「………」
いくら呼びかけても彼女は応えてくれません。
…なぜですかね?
エムさんの赴くままについて細い路地を抜けると公園に出ました。その少し先に見えるのが私達のホテルです。
「エムさ」
そこでいきなりエムさんは足を止めました。今度こそ私の声に応えてくださるんですね。
「エムさ…」
「かわいいー…」
………はい?
途端に目の前から消えたと思うと彼女はその場にしゃがみこみました。
「キミ、どこの子ー…?」
「ン…ニャー」
ネコですか。
「ニャアー…」
「よしよし」
「………」
異様、といえば異様な組み合わせです。可愛い可憐な少女のような微笑みを向ける視線は全身真っ黒なネコに向けられ。
「…ンニャ」
そいつの生意気そうに光る翡翠色のガラス玉が微笑みの隣で不機嫌全開で拗ねている私に向けられているのですから。
「ん…どうしたのー…?」
「…ゴロゴロ…」
エムさんに頭、背中、首、お腹、肉球…体のあちこち触られて気持ちよさそうに膝の上で鳴いて、その目を見開いたとき私を一瞥する。
──どんなもんだ、と言われているような気分です。…一々癪に触るヤツですね。
「…エムさん…」
「…何、エル」
「私にも同じ事を」
「嫌です」
「ヴニャ」
…ケンカ売ってるんですか。
私のエムさんの膝でくつろいだ上その恋人の私を差し置いて…エムさんにあんなところやそんなところを撫でられまくるなんて…!
「エル」
「…はい」
「変な大妄想やめてね、顔に出てるから」
「ニャー」
…あぁもうこのネコは…なんなんだ。
私はベンチから立ち上がりポケットに手を突っ込む歩き出しました。
「エル?」
「…少し公園を歩いてきます」
「迷子にならないでね?」
「ニャーぁ?」
…売ってるんですね、ケンカを売ってるんですね?
あの腹の立つかなり羨ましいネコと彼女を背に私はそう広くないであろう公園を歩き出しました。
…少し広かったようです。
まだ歩き出して2、3分程度でしょうが、もう彼女の座っていたベンチは見えません。辺りには親子や恋人の姿がちらほらと伺えます、私たちだってあの中の一組でしたのに…
私は再度肩を落とした。
そのときでした。
ふと、ふわりと優しい甘い香りが私を掠めました。
「…露店、ですか」
匂いのする方向を見てみる。周り囲んでいた子供達が去るとそこには青年が小さな店を出しにこやかに微笑んでいました。
「いらっしゃいませ」
「…どうも」
彼の広げた箱の上に刺さっていたのは、先日エムさんが私に買ってきてくれたものでした。
「…飴細工、ですか…」
「えぇ。お兄さんも何かリクエストがあればその形の飴を作らせてもらいますよ」
彼の前には、色とりどりの…子供の喜びそうなキャラクターのものから、動物や花などの…可愛らしい飴細工が並んでいました。
「…何でもできるんでしょうか」
「そうですね…そんなに難しいもので無ければ、大体は大丈夫ですよ」
何か買っていかれますか?と青年はまたさわやかな微笑みを私に向けた。
「…そうですね」
エムさんは喜んでくれるでしょうか?
エムさんと彼は…まだ、戯れていました。
「エムさん」
「…エル、お帰り」
「ヴぅー」
…もういいですよ、キミ。
私が一息ついてベンチに腰を降ろすとエムさんの膝の上からネコはひょこっと飛び降りました。
「バイバイ」
その黒ネコは私をにその瞳を向けて鳴くとどことなく消えて行った。
「…良いんですか?」
「何が?」
「ネコ、行ってしまいましたが…」
彼女は私を見上げ、微笑みました。
「妬いてたクセに」
「…悪いですか…」
知っててやってたんですね。ひどいですよ。
「エムさん、口あけてもらえますか?」
「…何で?」
「変なことしませんから」
彼女は少し私を疑うような視線をおくった後小さくその唇を開けてくれました。
「ン…?」
「おみやげですよ」
彼女は自分でそれを手に取るとにこっと笑ってくれました。
「ありがとう」
「いえ」
そう言うと彼女は少しずつ陽の沈む方を見つめました。
姫君争奪戦「そろそろ帰りましょうか」
「うん」
陽も落ちかけた濃いオレンジの中しっぽをピンと立てたネコの飴が、夕陽と共に輝いた。
END
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