「ちょっと買い物、行ってくるね」
エムさんは気晴らし、といってたまに外出します。
欲しいものがあるならワタリに頼めばいいことですしルームサービスだってあるのですから。もし外で彼女が事故に遭ったりはしないか、悪いムシにひっかかりはしないかと心配で気が気ではありません。
「行かないで欲しいのですが…」
「どうして?」
「心配だからですよ」
私はめいっぱい不機嫌である事を訴える為に指を咥え爪をかじり彼女を見つめます。
「あたし、大人だよ?」
「はい、エムさんは麗しい玉のような肌と美貌をお持ちの実に魅惑的な女性です」
「…そんな事は聞いて無いけど」
だから気晴らしだよ、ちゃんと帰ってくるから!それだけ言うと彼女は少し駆けて部屋を出て行ってしまいました…
「エムさ…」
私の止める声なんてまるで無視です。…酷いですよ、エムさん。
…エムさんが買い物に出てもう3分も経ちました。
寂しいです、哀しいです、私、我慢出来ません。
エムさんが居ないだけでこの部屋は何か花を失ったようにどんよりとします。私の心もどんよりです。
「……はぁ…」
エムさんの事が気がかりで仕方ありません、何にも集中できそうにありません。
冷蔵庫からジャムを取り出してみましたが全く美味しくありません。…エムさんがいらっしゃらないだけで、甘い物のおいしさも70%減です。
『L、ICPOから依頼がきています』
…こんな時に……
「…何の依頼だ」
『捜査です』
「…こんな時に…誰から…」
『ICPOです』
「…何の依頼だ…」
『……エル、エムさんはどちらに』
ワタリは何かを悟ったように声を切り替えました。
「…外だよ、私は止めたのに…」
…全く、仕事なんて手に付いたものではありません。
『心配しすぎですよエル。エムさんはもう立派な大人の女性です』
「…エムさんにも言われたよ」
どこかの老紳士のような笑いを漏らすと、彼は私を気遣うように言った。
『じきに戻って参られますよ』
「…早く戻ってきてほしいです…」
『仕事はエムさんが戻られた折にもう一度ご説明いたしましょう』
「あぁ…頼む」
──プツッ
気付けばエムさんが出てもう30分。私、もう耐えられません。
私は持っていたジャムのビンを机の上に放り出し、ソファから飛び降りドアへ向かいました。エムさんが悪いムシに捕まえられていたら大変です。エムさんにあんな事やこんな事、私がまだしていないそんな事までされていたらと思うと、正気じゃいられません。
私はドアノブに掛けようと手を伸ばしました。
が…まだ触れてもいないドアが勝手に開きました。
「……どうしたのエル?」
目の前に立つのは出た時と何も変わらない愛おしい姿。小さな紙袋を抱え、突然現れた私に驚いているように目をぱちぱちとさせて。
「…無事だったんですね」
「は?」
「よかったです」
引き寄せたエムさんの身体からは、彼女の香り、彼女の温かさ、彼女の感触。あぁ、エムさんです。
「エムさんです」
「…うん…?」
「私の好きなエムさんです」
「……寂しかったの?エル」
エムさんはあやすように私の背をさするとゆっくりと体を離しました。すると彼女はごそごそと紙袋の中を探り、私の前にそれを示しました。
「おみやげ」
にこっと微笑み、私の口の中に入れました。
「……?」
「そこの公園で売ってたの、棒付きアメ。おいしそうだったから、エルに」
そういうと彼女は部屋の中へと私を置いて行ってしまいました。
徐々に沁みるそれの味は私の中の哀しみも寂しさも溶かすように、貴女という存在をさらに恋しくさせるように甘く広がった。
この優しさは、罪ですか「エムさん甘いです」
「うん?」
「キスしましょう」
「嫌」
哀しみも寂しさも貴女の優しさがあるからこその罪。
END
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