パソコンの向こう側にはソファに腰掛け本を手にするあなた。その前に積み上げられた本は毎日違う。彼女は私の視線に気付くことなく、その綺麗な指先でページをめくる。
その世界に、入り込む彼女はとても美しい。エムさんは本当に読書が好きなんですねと思う。
そう、あなたは私を見てはくれないのです。
「エムさん」
「何?」
「抱きしめてもいいですか」
「仕事して」
私がどんなに想いをぶつけてもあなたは何の躊躇いも無くそれを拒む。こんなにもあなたが好きなのに、こんなにも近くにいるのに、哀しいですよ私。
カタカタとキーボードを叩く音が空しく響き渡るだけでこの部屋は静かです。私とエムさんしか居ないのですから静かなのは当然ですが。
「エムさん」
「何?」
「紅茶を、お願いします」
「あ、うん。ちょっと待っててね」
私が頼むと彼女は読みかけの本を机の積み上げてある本の一番上に載せてキッチンに立って、すぐにそれを持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、エムさん」
「いいえ」
にこっと微笑んで私のパソコンの隣それを置いてくれた彼女に私は急に罪悪感を感じてしまった。彼女を本の世界から引きづり出してしまったような気がして。
「…すみません、エムさん」
「はい?」
エムさんはなぜ私が謝っているのかも分からないと言う表情で私を見ていました。不思議そうに瞬かせ私を映すその瞳は息を呑む程に美しい。思わず顔が赤らむのを私は感じた。
「エル…どうしたの?」
「…え、いえ……」
私の変化に気付いた彼女はぐいぐいと私の顔に近づく。
近い、近すぎます。
「エル、熱でもあるの…?大丈夫?」
「?!」
エムさんは私の前髪をかきあげて、額にその手のひらをあてた。
さっきまで彼女の世界を生んでいた指先が、私に触れたんです。それこそ今の一瞬で私は発熱しそうだ。
「…な、んでもないですよ……」
「…うん…熱はないみたいだけど」
気を付けてね?そう言うと彼女はまたソファに座り読みかけの本にまた浸った。
「……ふぅ」
体の力の一切が抜けた私は、俯き無造作に伸びた髪をかいた。エムさんの触れた場所だけが今も熱を持っている。…謝り損ねてしまいましたね。
この探偵のペースを崩すただ一人の人。
無知なアナタは罪人だ私の愛おしい、ただ一人の罪人。
END
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