彼は、変だ。少なくとも、普通じゃない。とても変で、とてもおかしな人。
「エムさんエムさん」
「何?」
「こちらに来てください」
「なにかあった?」
「人肌が恋しくなりましたこちらに来てください」
「絶対嫌」
そんな彼の世話なんてきっと誰もやりたがらないんだろうな。
嗜好品以外は一切口にしない変わり者。いつ眠ってるかも分からない不健康な顔。その顔で迫ってくる、ド変態。四六時中そんな男と一緒に居なければいけない、一人じゃきっと何も出来ない男の世話係なんて。
普通の女の人じゃ、きっと嫌だろうし、出来ない。
「エムさんエムさん」
「何?」
「何をしているのですか?」
「…本、読んでるよ」
「エムさんは読書が好きですね」
「うん、好きだよ」
「私のことも好きですか?」
「仕事してください」
そういう意味では、あたしも普通じゃないのかもしれない。
だけど、それでもいい。
ワタリさんのことも彼のことも、この仕事も好きだもの。
彼が仕事をしている間、あたしは特にすることがない。あたしは自分の仕事さえすれば他は何をしていても構わないのだから、本当に恵まれてる。好きな本もたくさん読めるこの時間が好き。
「エムさんエムさん」
「何?」
「休憩にします、お腹が減りました」
彼はそういうと広い部屋の隅のスペースから立ち上がり、ぺたぺたと足音を立ててこちらに向かってきた。
そう、指を咥えて、彼が。
「何か作ろうか?」
読みかけの本にしおりを挟んで閉じ、それを机の上に置いてあたしはキッチンに向かおうとした。
「待ってください」
ソファから立ち上がったばかりの腕を掴まれた。
「何?」
「今日はエムさんが食べたいです」
「ルームサービスでも頼もうか」
ペチッ、と腕を掴んでいた手をはたいてあたしは備え付けの受話器に手を伸ばした。
「エムさんの手作りが良いです」
最初からそう言いなさいよ。
「…昨日作ったパウンドケーキならあるよ」
「それが良いです」
彼がどんな人間か、そんな事はどうでもいい。
彼があたしを必要としてくれるから、あたしはここにいる、それだけだもの。
乱雑に積まれた本積み上げられた本はまだそのまま、彼の待つ机の上。
END
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