※長いです。
『ライトーっ!早く来てよぉーっ!』
モニター越しにカメラに向かって手を振る弥の姿は何故かエプロンです。それにしても彼女の声は後に残ります、うるさいです。
『何だミサ、今僕は竜崎達と一緒に捜査中だぞ』
『じゃー仕方ないから竜崎さんも一緒でいいから来てーっ!』
「…月君」
「…すまない竜崎、…付きあってくれ」
「…あとでケーキを頂きます」
―ミサ'sルーム―
「ライトぉーっっ!」
「…羨ましいです月君」
「…嫌味か竜崎」
エプロンを脱いだ弥はいつもに増して露出の高い服を着て月君に飛びついてきました。いえ、はっきり言って男としてはうらやましい限りですが…
「あれ?そーいえば今日エムさんは?」
「…エムさんは今日出張です」
へぇ〜、と弥は大げさな溜息をついて驚いた様子でしたが意味が分かりません。
「じゃー残念だね竜崎さん、もらえないんじゃん」
「もらえないとは?」
さっきから彼女はワケの分からない点ばかりです。
「ミサがあげればいいじゃないか」
「そんなの絶対嫌っ!ミサはライトにしかあげないもーん」
エムさんが出張に行っていることがそんなに残念だろうか。確かにエムさんがいないと寂しいですが…私が貰えないとは合点がいきません。仕事は仕事、プライベ−トはプラベートで分ける、それくらい私だって出来ます。
「だけど竜崎、意外と無反応なんだな。てっきり一人でひどく落ち込むのかと思ったよ」
「私がですか?」
「そりゃー好きな子からの愛の告白が贈られる素敵な日なのに、もったいないのー」
「ま、愛されてないんだろうなお前」
「私とエムさんはラブラブです」
そこだけは主張しますが一体今日は何が特別な日なのでしょうか。私の悩める姿なんてほぼシカトの弥は綺麗にラッピングされた箱からチョコレートを取り出して月君に押し付けています。
「はいライトぉーハッピーバレンタイン!大好きだよぉー!」
「…あ、ありがとうミサ…」
「それは何ですか?」
…………………………
「もしかして竜崎さん…」
「バレンタイン…知らないのか?」
「日本は素晴らしい国です、羨ましいです」
「でしょ?!でも知らないなんてミサ信じられなーい」
「まぁ2月14日にチョコレートで告白なんて日本だけって言うしね」
「…ズルイですよそんなの」
爪をガリガリかじる私を横目に月君は弥のチョコレートを食べさせられています。
「ライトーおいしいー?」
「ん…あ、ありがとうミサ…」
…喜んでいるようには見えませんが…少なくとも爪よりは美味しいんでしょうね。
「竜崎、ワタリさんに作ってもらえばいいじゃないか」
「ワタリから告白されても嬉しくありません」
「…いや、確かにそういう意味もあるが…」
「こうしてはいられません私も用意します。世界一のパティシエに最高のチョコレートを作って頂きます、事は急ぎです」
―捜査本部―
「あーぁ…とうとうエムさん帰ってこなかったなぁ」
「何溜息なんかついてるんだ松田、出張なんだから仕方ないだろう…でもなぁ…」
朝から妙に志気の低かった松田は放っといて、私はワタリに連絡を入れた。
「ワタリ、頼んでいたものは出来たか?」
「はい、もう用意も済んでおります」
さすがワタリ、仕事が早いな。
「それでは皆さん」
「あぁ、また明日だな」
松田達を帰して、月君が寝ればこっちのものだ。
予定ではエムさんの出張は本日中には帰ってくるはず…早く帰って来てくださいエムさん。
………
もうすぐ23時です。
「まだ調べ物か竜崎」
「はい、私的なことですから」
日付が変わりました。
「…まだ見つからないのか、お前がじっとしないと僕も眠れないんだが」
「はい…すみません」
昼間で言う、おやつの時間です。
「竜崎…まだそれを続けるなら僕はソファで寝かせてもらうぞ」
「…はい…、…分かりました」
いくら待っても帰ってこない。メールを何十件送っても返ってこない。何かあったのでしょうか…
―ピリリピリリッ
『あ、竜崎?』
「エムさん!」
3日ぶりのあなたの声に私は珍しく素っ頓狂な声をあげてしまいました。
『ふふっ、何かあったの竜崎?』
「何かあったのではありません、メールは返してくれませんし、本来の時間に帰ってこられないので心配していたんですよ」
『あぁ…ごめんなさい、ちょっとやることがあったから。これから戻るわね』
「エムさ」
…いきなり切らなくても良いじゃないですか。3日ぶりのエムさんの声に少しくらい酔わせてくれても…。
「拗ねますよ…」
月君と結ばれていた手錠を一時外し机の脚にかけておいても月君は熟睡のようですし、大丈夫でしょう。それよりエムさんです。確かに元々優秀な捜査員であっただけあってドライな所はありましたが…
「寂しいですよエムさん」
「ごめんなさいね、竜崎」
「?!」
──ガタン!!
「ちょっ!竜崎大丈夫?!」
「お、驚きました…」
あんまりボーっとしすぎたのかもしれません、エムさんが入ってきたことに気付きませんでした。それどころか背中まで捕られてしまっていたとは…
「はい、竜崎。立てる?」
「…すみません…」
差し伸べられた手に自分の手を沿え立ち上がると、そこにはいつもと変わらないエムさんがいました。
「ご苦労様でした。…お帰りなさいエムさん」
「ふふっ…ただいま、竜崎」
疲れているでしょうがそんな色も見せずに彼女はにこりと微笑んでくれました。
……あぁ、たった3日だったというのに。彼女に逢えない寂しさと逢えた嬉しさが込み上げてきました。
「エムさん」
まだコートも脱いでいない彼女をそっと抱きしめました。いえそれはもう…愛しくて力一杯だったかもしれません。彼女の匂いが、懐かしいような気さえします。
「そんなに寂しかったの?」
「はい」
「ただいま竜崎」
「…はい」
今すぐこの場で襲いたくなってしまいます。
「いえ駄目です」
「?」
私は彼女から一旦体を離し用意しておいた物をワタリに運ばせました。
「…竜崎、これ…」
「ハッピーバレンタインです」
テーブルに並べられたのは世界一のパティシエに作らせたチョコレート菓子のフルコース。普通のチョコレートからケーキ、ショコラ、オブジェ、チョコレートを使ったありとあらゆるお菓子。
エムさんは呆気に取られたようにそれを見ています。
「お気に…召しませんか?」
「…やりすぎじゃない?竜崎…」
ソファに座った私は一口それを頂きます。
「愛していますエムさん」
てっきり喜んでくださるかと思ったエムさんの表情は意外と複雑でした。
「お気に召しませんでしたか?」
「ていうか、逆でしょう竜崎…」
「逆とは?」
……………………
「あはっ!」
エムさん、大笑いです。
「…知りませんでした……いえ、バレンタインと言うのも先ほど知りましたが…」
「だと思った。外国人の竜崎が知るわけないもの…バレンタインは女が男にチョコをあげる日なんて」
「チョコレートを愛の告白として贈ると聞きました」
エムさんはクスクス笑って私の用意したチョコレートに手を伸ばしていました。
「それは本当。女の子が男の子に、ね?」
「…そうでしたか……」
私、少し恥ずかしいです。勘違いでこんな物まで用意してしまいました。
「だから、はい」
チョコに手を付けようとした私の手に綺麗にラッピングされた小さな箱が乗りました。
「ハッピーバレンタイン、竜崎」
──女の子が男の子にチョコレートを愛の告白として贈る。
「本当は昨日渡したかったけど家に帰って作ってから来たら、もうこんな時間だけど…」
少し申し訳なさそうに声を小さくしたエムさんでしたが顔も真っ赤です。
「わざわざ…作ってくださったんですか?」
こんなに忙しかったのに…
「竜崎が用意してくれたお菓子には適わないけど」
適うとか適わないとかそういう問題じゃないんですよ。
「頂いても良いですか?」
「…味見してないから…分からない」
「それでは頂きます」
シュルッと赤いリボンを解いて中にあった物を一つ口に入れました。
「ど…どう…?」
私はわざと、視線を天井に向けました。
「味見、してないと言いましたね…」
「だ、だめ…?」
不安そうににじり寄ってきた今がチャンスです。
一気に彼女の腕を私の方に引いて口付けました。
「!」
自分の口内でコロコロと転がるそれを、舌をうまく使って彼女の中に移します。甘い後味が、私の中に残ります。
「どんな味ですか?」
「…甘い……」
「今まで食べてきた物の中で、一番美味しいです」
チョコの味も彼女の味も私だけが知っている私だけの味。「遅れてごめんなさい」
“Happy St.Valentine!”
END
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