…あたしが知る限り。
彼がロンTジーンズ以外の服を着た所を見たことは無い。テニスをやる時も寝る時も。
「…エル…」
「はい」
「隣で寝ないで」
「嫌です」
何が嫌なんですか?と彼はあたしを抱き締めて耳元で囁く。だけどあたしにそれは通用しない。
「…汚いから」
「?!私は清潔です、先ほどあなたの浴室をお借りしました」
「いや、あなたのことを言ってるんじゃなくてあなたの服が」
「?」
あたしは彼の体を押し離して体を起こす。
「毎日同じ服を着てるから」
「毎日違う同じ服を着ています」
…答えになってるのかなこれ。
「とにかく嫌。着替えて」
「私は同じ服しか持っていません」
「…は?」
「ですから、私はこの服と同じ服しか持っていません」
「買ったりとかは?」
「必要ないので買いません」
「…困らないの?」
「困りません」
「絶対?」
「絶対、です」
…駄目だ、エルと押し問答になったら勝てない。ていうかエルは絶対引かない、負けず嫌いだもの。
「さて、それでは」
あたしの体がふわりと浮き視界がエルで充たされる。
「な…何?」
「お腹が減りました」
「…冷蔵庫にケーキがあるけど」
「あなたで充たしてください」
「謹んでお断りします」
あたしは起き上がって浴室に向かった。
「ならば一緒に」
「変態」
ついてくるエルを拒む為に浴室には鍵をかけた。
ある考えが浮かんだ、…これならきっとエルも…ね。見てなさいよ、エル。
「…それで…」
「うーん…まぁまぁね。どう着心地は?」
「とても最悪です」
スーツは初めてです、その言葉通りね。
「…何ですかそれは」
「スーツよ、エル、着たことは」
「ありません」
「じゃあ、決まりね」
柄にも無く疑問符を浮かべる彼を気にせず、あたしは彼のロンTを脱がす。無駄な筋肉も見えず、引き締まった上半身が現れる。
「…嬉しいです」
「は?」
「昼間からそんなに私を求めてくれるなんて」
「いや、違うから」
あたしの体に絡み付こうとするエルの腕を慣れた手付きで流してどんどんあたしの計画を進める。
とりあえず、Yシャツとネクタイは締めた。これだけでも十分普段のエルの雰囲気が変わる。
「エムまさか…」
「さすが世界の切り札、勘が良いわね」
「嫌ですやめてください」
「ここでやめたら二度と一緒に寝てあげない」
「嫌です絶対やめてください」
「じゃあはい、これも履いて」
エルにパンツを渡す。
「…履かなければいけませんか?」
「ええ」
「…エムが履かしてください」
「家にも来ません」
「…解りました…」
「着替えました」
「素敵ねエル」
本当に、素敵なの。だらしなく着こなしているいつもの服も悪くは無いけれど。
エルの上下スーツにネクタイだなんて…良いものが見れた。
あたしがまじまじとエルを見ていると、彼はネクタイを緩めスーツの前を開けた。
「こんな物を着たら、座りづらいです」
「そんなもの慣れよ」
「こんな物を着て推理なんてしたら推理力が60%減です」
「あたしと一緒に居る時まで推理は必要?」
「…そうですね、必要です」
「どうして?」
「エムと居ると私の予想外のことばかりが起こるからです」
「恋愛なんてそんな物でしょう?」
「許せませんね」
そう言って彼は、あたしの体をふわりと抱き上げた。
「なっ…エル降ろして」
「一回は一回です」
「?」
ぽふっ、と優しくベットの上に降ろされエルがその上に跨った。優しくあたしの髪に指を通しながら彼は続ける。
「私の理性を奪うのも、欲情させるのもエムだけです」
いつの間にかエルは、緩めたネクタイであたしの腕を縛っていた。
「…外して…」
「さっきはあなたの言う事に私が従いました。ですから次はエムが私に従って下さい」
「…こんなの嫌よ?」
「一回は一回です、と言いましたよね」
スーツなんか、着せてみる。ただエムがいただけるのなら…考えましょう。
さぁ、いただきましょうか。
END
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