「あと少し、なんですよ」
「何に、あと少しなの?」
疑問を膨らます貴女に。
もう、あと少しで、届きそうだ。
「あ、焼けた!」
あぁ…行ってしまった。
今日もまた、貴女は私の手の届かない所へ行ってしまうんです。あと少しだと、思ったのに。
嬉しそうに駆けていく貴女を止める勇気が無くて。
「エルー、コーヒーと紅茶どっちがいいー?」
「紅茶でお願いします」
「うん!」
もう届かないところまで走って行ってしまったというのに楽しそうな貴女を見ているだけで、心が満たされるような気になってしまう。
「エル…どうしたの?」
愛おしすぎてどうかしてしまいそうな程に、貴女が好きですエム。
「美味しかったです、とても」
「ありがとうエル。でも食べすぎ」
出来立てだったクッキーがすでにそのお皿の上からは消えエムのいれた紅茶に目を細める私がいて。たくさん作ったのに、もう無くなっちゃったと、貴女は残念なのか嬉しいのかそんな声で笑った。
「ハウスの皆にまた焼いてあげなきゃ」
「駄目ですよそんなの」
突然トーンの変わった私の声に少し驚いたように一瞬瞳を大きくした彼女は、また嬉しそうに細めた。
「どうして?」
「エムの物は、私だけの物です」
エムの作った物は、私だけが食べて良いのです。
「たくさん作るよ?」
「全ていただきます」
「100個も200個も?」
「300個も400個もです」
また彼女は少し目を細めた。
「欲張りだよ」
「欲張りですよ、私は」
ほら貴女はまた嬉しそうに幸せそうに笑うんです。楽しそうに私を見て。
「エム」
私だけに向けられているその表情を見るたびに
「何?」
「傍に、来てください」
この手が、届きそうになる
「いいよ」
ほら、届きそう。
こんなにも貴女は近い。
「…触れても良いですか」
彼女の香りがすぐそこにある。
「いいよ」
柔らかな貴女という感触が、私の触覚、嗅覚、視覚、聴覚を溶かす。
「好きですエム」
貴女が私の味覚を溶かした。「愛しています」
ほら、届いた。
END
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