軒先から朝陽がほんの少し部屋にまで届く、暖かい。襖の外からその人を呼ぶ。
「師匠起きてますー?」
「……あァエム。昨日は激しかったな、腰は大丈夫か?」
「アンタは頭が大丈夫か」
誤解しか招かない物言いだが実際それは誤りであり事実ではない。なんだその昨夜寝所を共にしたみたいな、アンタに抱かれたみたいな。聞いて損した、呆れ顔で襖を開ける。
「俺の上で恥じらいながら揺れる様はそりゃあ甘美だったぜ」
「頭の中での話をリアルに持ち出さないでください」
「お前からねだってくんだ、昨日は一段と積極的だったな」
「朝ごはん出来ましたよ」
「こりゃうまそうだな」
「あたしじゃねえよ首筋噛むな」
我が師匠の度を越えたセクハラに対してはもう我慢するなんて処置はとっていない。実力行使あるのみ。
「…ってェな」
「アンタ愛用のハンマーだよこれは」
もう数分もすれば立派なたんこぶになるであろう箇所をさすりながらようやく師匠は大人しくしてくれた。
「酒」
「茶が出るだけでもありがたいと思ってください」
日本に来てからというもの、そこらじゅうAKUMAだらけなおかげで食料調達も楽じゃないってんだ。改造AKUMAちゃんたちのおかげで何とかなってるといえばなってるものの…って、あの子たちも師匠作なんだけど。
「…なァエム」
「はい」
運んできた食事を師匠と食べようと思って箸を手に取ったとき、師匠は目線をあたしに合わせないまま言葉を投げた。
「お前今の内に本「嫌です」
「まだ終わってねぇよ」
「承諾出来ません」
「ったく…」
溜め息をつくと師匠は手にかけていた箸を置いた。
「元帥命令だっつってんだろ」
「今更何言ってるんですか…」
「…聞けエム」
「そんなの聞きたくありま…っ」
眉間にピリッとシワを入れた師匠の顔を最後、鈍く手首と後頭部に痛みが走って体は畳に組み敷かれた。
「このまま犯されんのと大人しく言うこと聞くの。どっちがいい」
「犯してください」
即答すれば予想外なのか目を剥いて、かと思えばぐっと見下げていた距離を縮めて頭に響く低音は10cmであたしを捉えた。
「馬鹿弟子」
乱暴に貪られる口付け。
キスというよりは本当に粗野なものなのに、中途半端な優しさを孕んだ厭な接吻。おかげで不快感を感じることも抵抗することも出来ない。
呼吸が荒くなる、余裕が保てない。
「は…、ししょ…うっ」
離れたと思いようやく声を出せれば、首筋鎖骨と肌を伝って胸元を捌く。荒いくせにやけに優しい指先、生温い舌に全身がぞくぞくと粟立つ。
そして再び視線が合った。
「嫌がんねぇくらいならちょっとくらい赤くなってもみろ」
「…な、で…っ」
「……言うこときけ」
「……いや…」
なぜだか分からないが勝手に涙が溢れ出た、震えも止まらない。
まったく恐怖がないといえばそれは嘘になるが、この初めての感覚に嫌悪感は無い。この身体の反応はある意味あたしの無意識によるところだ。
涙で霞んで師匠の顔もぼやけて表情なんて分からない、ましてや目もぎゅっと瞑ったまま開けることが出来ない。
「お前をこんな形で抱きたかねェんだよ」
伝っていた涙がペロリと舐めとられる。霞む中にもうっすらと見えた師匠は少し苦しそうに眉を歪めてはいたけど、目は笑っていた。
「プラント回収が終われば俺も嫌でも本部に戻される。…中央庁も随分躍起になってる任務だ、ただで見逃すわけもねぇ」
「だ、けど…っ」
分からない。根拠はない。しいて言うならこれは直感でしかない。
「俺に逃げられたとでも言って本部に戻ってろ。コムイなら察す」
ここで別れたら二度と師匠に逢えない、ような気がした。
「…死な…ないで、」
その顔が一瞬歪んで、微笑んだ。
君をこの戦争で失いたくない一心でこの人の約束は当てにならない。
「戻ったら足腰使い物にならなくしてやるから覚悟しとけ」
リップ音が別れを告げた。
END
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