「あたしね」
「…あぁ?」
聞き返さなければ良かった。
「好きな人が出来たの」
にこにこ笑って膝を抱えて小さな身体でちょこんと座って、俺だけに聞いて欲しいことがあるなんて言うから。
期待したんだ、柄にもなく。
「トシに一番に伝えたかったの」
俺に一番世話になったからなんて。エムの兄貴分で育ててこれたことは俺の誇りだった。真っ直ぐで、少し控えめで純粋で、可愛く育ってくれた。
「トシ?」
「、や…良かったじゃねぇか」
口角だけ笑ってみせて、よしよしと柔らかい髪を撫でた。えへへ、なんて屈託なく笑う顔がまた可愛くて。
兄貴じゃないはずなのに兄貴でいなければいけないことに立腹するなんざ、俺はなんてガキくせぇんだ。
「どんな奴なんだよ」
噴火しそうな言葉を必死にタバコで覆って、でっかい月を紫煙で汚そうなんて大層罰当たりなことも、今はどうだって良かった。
「ロクでもねぇ奴だったら挨拶来てもぶった斬るからな」
「トシやばーん」
くすくす笑って、縁側の方ににじりよってきて。
「ヘビースモーカーで目付きがすっごく悪くって」
月明かりに蒼白く光る足をふらつかせて。
「味覚がおかしくって変態でエロくて、なんかグダグダなんだけど」
胸がキリキリ痛む。
「最低じゃねぇか」
最低でも何でもエムの好きな男のことなんて想像したくもない。
「でも世界で一番、あたしのことを大事にしてくれるの」
ふー…
ずいぶん長く、紫煙は伸びた。妹の旅立ちは、ひどく胸が痛むもんだ。
「エム」
自分の気持ち大切にしろよだから伝えるよ、大好き!
END
thank you 江戸物語
←|back|→