失ったものなんて数えきれない。後悔なんてしたことはない。
「晋──ッ!」
そう呼ぶエムの声を最後に聞いてからもうどれほど経ったか。
「まぁるい月だ」
雲一つ見当たらない月夜に酷く照らされて生き残った片目ですら焼かれちまいそうに思う。
「こっち来てみろエム」
煙菅の煙だけが一瞬月を影らせた。
「…なんだよ」
小さく、首を振った。
くいくいと控えめに引かれる袖に面倒臭く思いながらも顔を向ける。震えた瞳は怯えた、子犬のそれだ。
「怖ぇーのか」
小さく、うなづく。
「ククッ……馬鹿ヤロウ」
こんな綺麗な満月は滅多に拝めねぇぜ、なんて言ってやっても、エムは相変わらずだが。
「クク…まァ、構わねェがよ」
噛みつくように口付ければ一瞬驚いて真っ赤になって、ギリギリで離した唇からは美しい鮮血が滴る。歪める眉が、ひどく淫ら。
首筋に這ったときに触れた、深く広い焼けただれたような傷跡。エムはビクリと身体を強張らせた。
「関係ねェよ」
お前が俺の名を呼べなくたって。俺がお前を左目で見る事が出来なくたって。
「俺の傍に居ろエム」
月夜に溺れる二つの闇にでも、君がいるなら呑み込まれたって構わない。
ワン・モア・プリーズ?その声を奪った僕が言える事じゃないんだ。
END
thank you 江戸物語
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