「何かを護るためなら、人は誰でも牙をむこうというもの」
俺の中でのた打ち回る、黒き獣よ。
「護るものも何もないお前は、ただの獣だ…高杉」
何が苦しくて暴れやがる。
「獣でけっこう。俺には護るものなんぞないし、必要もない」
何が足りねェ…答えてみろよ?
「全て壊すだけさ」
壊して壊して壊して壊して何が足りねェ?
「獣のうめきが止むまでな」
答えてみろよ獣。
「おかえり、なさいませ」
「…あァ」
野郎どもを通り抜け奥へ奥へと足を進め。行き着いた、我が家とは呼びがてェ仮住いに戻れば中には女が一人。
「お茶、どうぞ…」
娼婦と呼ぶにはあまりに儚すぎ、売女と呼ぶにはあまりに勿体ない。
「し…晋助、様…?」
俺の女と呼ぶには、まだまだ未熟すぎる少女。
「や…っ」
押し倒した拍子に茶碗が音を立てて床に転がる。
「エム」
睨みつけるようにその硝子玉みてェに丸い目を射抜いて、噛みつくようにその誘うような桃色の唇に貪りついて。爪を立てるように、その透き通るような肌に鬱血痕を刻めば。
「ふ…、っ…晋す、け…さ」
「良い声で鳴け…エム」
まるで俺とお前は、獣と小鹿だ。
冷てェ板の間が熱照った身体に丁度いい温度を与える。所詮申し訳程度な布団しかねェただの道中の寝床。
着流しを掛けてエムの身体を冷まさねェようにしてやればわずかに裾から覗く肢体がいやらしくて。
「まだまだ寝かせてなんてやらねェさ」
壊しても壊しても壊しても足りねェ満たされやしない、獣の欲望。
「ぎ……ちゃ、ん」
俺じゃ駄目ですか?涙流しながら呟く寝言に血が沸き立つほど憎悪したところで手放しなんてしてやらない。
ただ塞がりかけてた瘡蓋を小鹿に勢いよく剥がされただけ。
END
thank you 江戸物語
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