※注意※
元拍手御礼として掲載されていましたので名前変換はありません。
「綺麗ですね」
「うん…」
「あなたの事ですよ」
「…寒い、竜崎」
皆と一緒に今日もまた、進展なく稼働するパソコンを睨めていたあたしの手首に、あの汚いものを掴むような独特の手付きで触れた。
「…何か用ですか竜崎」
「ご一緒してください」
竜崎はニコリと微笑むと、あたしに同意を求めた。
「まだ休憩には早いよ…皆も仕事してるし」
「お茶ではありません」
じゃあ、その片手一杯に抱えてるお菓子は何?
そんな視線を送ると、彼は途端にしょぼくれたようにそれをデスクに置いた。
「お菓子はあまり好きではありませんでしたか…」
「…コーヒーならいれてこようか…」
休憩するなら一人でね、とだけいうとあたしは立ち上がって給湯室に向かった。
「松田さん達もいかがですが?」
「あー!お願いします!」
「はーい」
すると、コーヒーメーカーに手を添えたあたしを、竜崎は掴んだ。
「松田さん、それくらい自分でやってください」
竜崎のそんな発言はあまりに理不尽だ。
「えぇー?!竜崎は作ってもらってるじゃ無いですかー」
「松田にそんな事をしてもらう価値はありません」
「まっ…松、田……」
竜崎は片手をジーンズに突っ込んだままあたしの手を引いて、突然本部から飛び出した。
「竜崎?!」
「ここでは無理ですから、行きましょう」
「ちょっ…竜崎どこに行くつもり?!」
「すぐそこですよ、一緒に来てください」
夜神さんに見つかったら怒られてしまいますからね、と彼は呟くとエレベーターの中に乗り込んだ。
全くわけが分からないまま付いてきてしまったけど。
ときどき見える竜崎の横顔は笑っていた。
「サクラ、ですよね」
竜崎は語尾を少し上げて、あたしに尋ねるように言った。
「え、まぁ…そうだけど」
ビルを少し出たところにある並木道には、今は人通りも少なく。
桜の花びらがひらひらと散っているだけで、いまいち賑やかではなかった。
「お花見というのはやっていないんですね」
「…平日だもん、そりゃそうでしょ」
「都合が良いですね」
竜崎はまた主語もなくあたしの腕を引くと歩き出した。
さっきと違うと言えば、あたしと竜崎の指先が絡んでいること…は?
「恋人同士が手を繋ぐことに理由は必要ありません」
竜崎はそれを至極当たり前のように言って、あたしに笑いかけた。
「…いつ恋人になったの?」
「違うのですか?」
「…覚えは無いんだけど」
2、3秒、考えるように空を見上げた竜崎はやがてもう一度歩き出した。
「では、運命ということで」
強引な、竜崎らしい考え。
少し歩くと、彼はふと大きな桜の木の前で立ち止まった。
「知っていますか?」
何を?と問う前に、彼は手を広げてそれを掴んだ。
「サクラの花びらを落ちる前に掴んで、願い事をすると叶うんだそうです」
「…竜崎も信じるんだ、そういうの」
ジンクスって言うか…女の子が願掛けみたいに信じる、そんなあてもないようなこと。
竜崎は握った花びらを離すと、もうしなっとなってしまったそれが彼の足元に落ちた。
「こういうのは信じてみないことには始まりません」
「竜崎が一番疑いそうなことじゃない」
人聞きが悪いですね、と彼は言うとあたしにもそれを促した。
「あたしは願い事なんか無いわよ」
「何かあるでしょう。なければ、今作ってください」
無茶苦茶な考えね、竜崎。
あたしが願い事について考えているとなりで、竜崎は魅入るように。
手をポケットに突っ込んだまま、桜を見上げていた。
「綺麗ですね」
「うん…」
竜崎でも、人並みに感動する事もあるんだ。
そう感心していたあたしを見抜くように、彼はあたしに視線を戻した。
「あなたの事ですよ」
「…寒い、竜崎」
おかしいですね、もう薄着でいいはずなんですが…と彼は的外れなことを呟いていた。
「そういえば、竜崎は何を願ったの?」
「私ですか?」
彼はまた花びらを掴むと、微笑んだ。
「あなたとまた来年、ここでお花見を。ですかね」
竜崎らしくないくらいに、希望に満ち溢れた笑顔だった。
「あなたは、何を願うんですか?」
「んー……」
そうね、あたしは……―――
END
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