「エム」
「窓から入ってくるなんて行儀悪い」
さっきまであたしが座っていたところには、これまたふんぞり返った猫様がいらっしゃっていた。どうやらあまり機嫌は良くないようだ。
「…何、その格好」
「『次の任務先での普段着だッポー』」
だッポーって、何それ、腹話術…?妙に似合っていて、その、気持ち悪い…。
ごめんハットリ、あなたに罪は無い。
「『誰が気持ち悪いだ、バカヤロウッ』」
「息が合ってて、いいんじゃない…」
「…ふん」
これか、不機嫌な原因は。
あとタンクトップにサスペンダーっていうのもなかなか奇抜な感覚な気もするが、まあ船大工ともなれば動きやすければ何でもいいのだろうか…。作業着というやつだろう。もう一度言うけど、奇抜だ。腹話術と合わせてジャブラが見たら、またお腹を抱えて笑い出すレベルで。変わらないシルクハットがこれまた妙に似合う。
「今日から任務に就くんでしょ?」
「ああ…政府便の海列車に乗ってはあからさまだからな、セント・ポプラで一般便に乗り換えて、ウォーターセブンに向かう」
カリファの役どころは聞いていないが、クールで優秀な彼女のことだから社長秘書とか…そういったところだろう。ブルーノは船大工の訓練も特にしていなかったし…一般市民なのだろうか。カクやルッチが本気でかかれば一ヶ月で船大工もかなり板についているはずだし、彼らの潜入は完璧だろう。
なんて言ったって、彼らは政府の暗躍機関、サイファーポールNO.9なのだから。
彼の座るソファの横には、ボストンバッグひとつに小ざっぱりと用意された荷物があった。任地での生活必需品は本来政府で用意をしてくれるようなものだが、今回のように他所者が移住してくる場合に手ぶらというのもおかしな話だろう。
「お前も来るか」
「……らしくないね」
任務に、あたしを誘うなんて。
これまであたしと組むことにならなかった任務なんてたくさんある、その度に彼があたしに会えなくて寂しいだとか、恋しいだとか、そういった戯言を言ったことはなかった。無論だが、言ったところで人員変更なんてない。メンバーは上の決めたことだ。
「言ってみただけだ」
「分かってるよ」
ニヒルな彼の表情からは喜怒哀楽なんてものは土台図れない。ふざけた一言だったと思うけど、実際ふざけているんだかどうなんだかといったところだった。
「いってらっしゃい」
「必ず帰る」
「当たり前」
死なないという約束を昔、交わしたことがあったことを思い出した。これは、ルッチとあたしの、二つ目の約束になった。
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