「……ふぅー、エム」
ぽん、とため息と一緒に頭に手を置かれると彼はあたしをゆっくり通り過ぎて行った。
「そんだけの言葉を折るのは骨がいりそうだ。
俺は勘弁」
かけてあった上着を着直して。
「そいじゃま、俺は帰るとする。夫婦喧嘩すんじゃねぇぞ」
あまりにも穏やかな声で彼はあたしを認めた。
「相手がいないって、残念ながら」
「あらあらあらー?なんだ俺にも芽があるってことじゃない」
「アンタがあと10歳若かったら考えてあげてた」
「まあそう手厳しいこと言いなさんな」
飄々としたその背を見ていると、不意にここに連れてこられた時の事を思い出す。
「中将殿に敬礼!」
「「「「はっ!!」」」」
「……アンタが…中将…?」
「…あァ、ンなこたァ気にすんな」
少年と少女を背に従え、サングラスをかけた男は大きく聳え立つ塔に入っていった。大勢の海兵たちの姿勢を正させるような男には威厳が確かにあり、また周りの海兵から見てもその二つの幼さに黒いスーツは異様なほど似合っていた。
「これはこれはクザン中将殿!ようこそエニエスロビーへ!」
いやに媚びへつらう男の第一印象をその中将の後ろから見る二人は思った。使えない、と。
「先に本部から連絡がいったと思うが、本日より新たな諜報部員候補を派遣することになった」
「もちろん!存じております」
「こいつらだ」
驚く間もなかったのか。
その使えない男は目を見開き情けなく口を開けたまま彼らを見た。
「…宜しくお願いします」
「宜しく、」
「…こんなデカイ奴らを、…ですか?」
本来ならまだ物心つかない内から訓練し選抜するのだと知ったのは、CP9としての教育を受けている過程での話。
「あァ…まだ10になったばかりらしいが、大した身体能力だ。今からでも鍛えりゃ使えない身体じゃあねぇ、何なら使えないと感じれば殺しても構わねぇよ」
彼らを見て明らかに不快そうにしたその男は期待していると言われたことですっかり機嫌を良くしたのかあっさりと承諾した。
「じゃァま、あとは頼んだ」
「もちろんです中将!任せておいてくださいよ!」
「じゃあな、テメェら。しっかりやれ」
ひらひらと後ろ手を振ったその最後の後ろ姿は相反して突き放すように向けられていた。
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