暗く不安定な夜の下り坂を慎重に手を引いた。徐々に平地に近付けば恐怖は濃くなっていく。
「怖いか」
「うう、ん…平気」
確かに少女は感じていた。
丘を囲む小さな林を抜けたとき。
「………る、ち…」
感じていたものでしかなかったものが視覚に鮮明に映される、暗闇などではないものに恐怖を感じた。否恐怖よりも濃く。
─パチッ…パチッ
夢だったらどんなによかったか。“人が消えている”という言葉の意味がまさかこんな意味だとはと、こんな惨劇を目の前にして少年はどこか思っていた。
二つの影は、微動だにせず燃え盛る炎に映し出される。それが揺るがないのは何の反応もしないのではなく。この光景に何の反応も出来ずただ言葉を失って立ち尽くしているだけだったから。絶句という表現が似合う。
「…ルッ…チ…」
「……悪い」
震えた声がなければずっとその小さな手を握り締め続けていただろう、少女の掌に食い込む自分の爪にも滲出す赤にも気づくことなく。
「……ここに…いるのは、あたしたち、だけ…」
それだけの言葉を喉からしぼりだすように呟いた少女はすぐにうつむいた。
細かく肩を震わせて少年の服の裾をうっすらと赤の滲む手でぎゅっと握る。
「ッ……ルッ、チ…みんな…死んじゃっ…た…!!」
泣き声を殺しながら呟く肩を引き寄せて腕の中に収め抱き上げた。けして見せないようにその惨劇に近付いていけば、その足元には──赤く染まった、死体死体死体。
小さな島の小さな町、そのすべてが赤く燃えていた。そして町の先にある小さな孤児院。真っ赤になった絨毯、今にも焼け落ちそうな彼らの家、同じように転がる生きていた人間。その中の友も院長も大人たちも全ては例外なく赤く染まっていた。
「ルッ…チ…」
「……、?」
顔を起こそうとはしなかったが震える指先で確かに指した。遠い海の上に漂う黒旗を掲げた船。
─そうこれは所詮“略奪”に過ぎない。
強いものは弱いものにたかりその全てを奪って去っていく。それはこの時代においては摂理ですらある。
「…弱さ、」
摂理を恨むなんて、土台おかしな話。恨むべきなら、そう。
「弱いから」
ぐっとその拳を握り締めてその影は夜の闇の中に溶けてしまっていった。
←|back|→