心底だるそうにしたままの少女の腕を引き連れてきたのは少し離れた小高い丘。子供から見たら、山と呼べないこともない。
「…まさか登るの、」
「当たり前だろ」
「嫌」
「知るか」
相変わらず勝手だと、覚めかけてはいるものの眠気を引きずる少女とは対称的に少年はやる気満々だ。
「ていうかあたしじゃ無理」
「あ?」
身体も年相応以上にスラリとしていて知っているかぎりので最も運動能力の高い少年。それに対して細身で大人しめ、まるで人形のようにさえ見える少女とでは山登りの尺度は違いすぎる。
「あたしじゃ無理」
だから帰るよ?と少女は少年を覗いた。彼一人なら容易に登りきることの出来るだろうものだけれど、少女の手を引きながらでは何時間かかるか分からない上に何より体力的にもたない。それを含めての言葉。
「それがどうした」
本質を理解しているのかしていないのかは分からないが、その顔に曇りは一切なかった。刹那ふわりと少女の身体が浮いた。
「ちょっ…」
「しっかり捕まっとけ」
少年は小さな身体を背負って、一気に駆けあがった。
切れた息に目を瞑り腕を投げ出した。
「無茶なことするから」
「っ…黙れバカヤロウ」
辺りも暗くなりすっかり日も落ちてしまった。背負ったまま斜面を駆けあがった少年は日が暮れる頃にようやく丘の上に着いた。
「バカ、すごい汗」
「はっ…このくらい…っ」
少年の汗だくの額を少女が拭っていると不意に、少年は腕をあげ空をさした。
「?」
「見てみろ」
少年があんまりにも誇らしげに示すものだから少女はなにか期待するものを胸に上を仰いだ。
「すごいだろ」
その声は身体の芯まで染みるように響いた。少女は、少年の額に手を置いたまま静止していた。
「きれい…」
少女のくりっとした大きな瞳に宝石が映った瞬間。まだ暗くなりかけた濃いブルーの空にさえ映える、眩しいほどに美しい星空。
「見たかったんだろ」
部屋の窓の外を眠れないからという少女と一緒に眺めていたとき、一瞬呟いた言葉をまさか覚えていたとは。「夜が更ければどんな場所よりも綺麗に見える」と彼は語った。
「星、近い」
「あぁ」
院よりもずっと高い場所にいるせいからか、空をずっと近くに感じた。
手を伸ばせば、星の輝きとまだうっすらとしている月明かりが、彼らを照らしていた。
徐々に暗くなっていく空。
黒が色濃くなっていっても、二人はただ空を見上げていた。
夜空は絶望の輪郭なんて、照らしてはくれない。
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