─10年近く前、とある小さな島の港町が消えた。
あたしたちが過ごした最後の平穏はあまりにも脆くて、あまりにも脆すぎて彼もあたしも守ることなんてできなかった。あたしの手を引かずに、あなたが歩みだしていったあの日。あたしがあなたに手を引かれることなく選んだ道。
もうきっと平穏なんて望むことは許されなくなった。
どこかから響く駆けあがってくる足音に、少女はゆっくりと身体を起こした。
「…ん……」
毛布から少し身を出すと柔らかな黒髪が小さな癖をもっていた。窓から漏れる陽射しは少しオレンジがかった色をしている。
やがて、彼女の寝室を叩く者が現れた。
「起きろエム」
「………うるさい…」
半ば無理矢理起こされた少女は眠気眼を擦りながら開けろとうるさく叩くドアの鍵を開けた。
「バカヤロウ何時だと思ってんだ」
「…昼寝だってば…」
「さっさと目ェ覚ませ」
柔らかい黒髪がくるんとはねているところを少年は撫でた。
「今日はお休みだよ…、まだ寝る…」
もうすぐ日も暮れ始める時間、ドアから顔を出した少年をうざったそうに扱っていた。一方少年はそんな様子など構わずに少女の腕を引いた。
「エムに見せたいものがある」
あからさまに不機嫌な表情をする少女とは対照的に少年は少し、嬉しそうだった。そんな態度を見ても晴れることのない表情のまま少女は告げた。
「後ででいい…」
とにかく眠い、と訴えるように余計に表情を歪めても少年は知ったことかと腕を引き続ける。
「今じゃなきゃ意味ねぇ」
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