赤く染まった、床。
ごろりと横たわる死体は二つ。絨毯は張り替え…後片付けは海に沈めればいいか。
「…汚れたな」
些細ながらされた抵抗により返り血は免れなかった。
─血は嫌いじゃない、どちらかというならむしろ好む。ただ赤の広がる部屋に、今回ばかりは何も思うものが無かった。
あまりにも簡単すぎた任務。
たった数回の行為で得られた情報、手ごたえのない肉。年増はすんなりと情報を吐き俺に酔いまた吐く。確かめられたのは寝台の上でほど口は軽いものではないくらいなもんだ。
小さなアタッシュケースだけを持って、その部屋を後にした。
人殺しが正当化される仕事。その職を悔い振り返ったことなんて俺にはありはしない。ならお前はどうだ。
俺についてきたことをお前はどう思ってるんだ。
ノックもせずに部屋に入ればソファに腰掛けたこいつと目が合い、テーブルの上にグラスをひとつ差し出される。
「どうぞ」
「…あぁ」
エムはグラスに自らワインを注いだ。
その指先に俺は欲情したのかもしれん。
「エム」
「…なに」
こいつは視線を合わすことなく返事をした。俺は自分のグラスを置いて、向かい側に座っていたエムの腕をとってぐっと手を引いた。
「な…っ」
たいして抵抗をみせないエムは咄嗟のことにバランスを保たなくなり簡単に倒れ込む、手にはワインを持ったままだ。組み敷いた拍子にグラスから溢れた赤はエムを濡らした。
「……なんのつもり」
はっきりと歪められた眉、機嫌が悪くなったことを露骨に見せるこいつの表情。
─薄く紫がかった赤。
白い肌に浮かびあがるワインは、まるで血だ。エムの滑らかな肌を伝って筋となって服に吸い込まれる、本人はその表情一つ変えず俺を見据える眼も揺るぎはしていない。
「見ての通り」
揺るぎは、しない。
「…溜ってるんなら娼婦で済まして」
アンタなら困らないはずでしょなんて言いやがる。
「他の女を任務外で抱く気はない」
嘘を言っているつもりはない。溜ってるいるわけでも身体をこいつで拭おうなど、そんなバカみてェな理由ではない。
「お前を抱きたいだけだ」
「…これは愛の告白?」
「知るか」
抵抗こそしない眼は俺を誘ってもいなかった。ただ赤に濡れた髪と肌が、異様に際立って俺を嘲う。
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