「どうしたルッチ?んなツラしやがって」
背筋に一筋の汗が伝わったのを、俺は感じた。
「童貞なんか大したもんじゃねぇ、気にすんな!エムはその方じゃだいぶ成績も上げてやがる、技も教わっとけ」
一人下品なまでに笑うこの男をここまでぶち殺してやりたいと思ったこともないだろう。…いや、違う。こんな男にイラついてるわけじゃない。エムがそんな任務をこなしていたことに憤りを感じてるわけじゃない。
何も知らないクセに、頭のどこかであいつを分かったつもりでいた自分にどうしようもない憤りを感じた。
本当にどうしようもない。
「じゃあ、出発前にもう一度来い。もういいぞ」
「はい」
俺はゆっくり、長官室の扉を閉めた。
──ミシッ
廊下の石造りの壁に、音を立てて拳が沈んだ。
そうだ。いずれ、そうなる事は分かっていた。俺たちは暗躍機関CP9の諜報部員。年なんて、何の物差しにもならない。
─コンコン
こうなることは、規定事項だったはずだ。
「入って」
なら、なぜ俺はこんなにも悔やんでいる。
「長官から聞いてる」
「…あぁ」
俺が通されたのはいつもと変わらないあいつの部屋。いつものように真ん中に置かれたソファの上エムは本を読んでやがる。
「こっちにきて」
何一つ変わらないこの部屋で明らかに俺だけが異質に思えた。
「そこ座って」
指された所に腰を下ろせば高級そうなスプリングが軋む。芳しい程に香る嗅ぎ慣れた甘いあいつの匂い。
突然反転したの俺の視界が捉えたのは、
「始めるよ」
まっさらな天井と艶やかな女のツラだった。
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