やがてこの会場を妖しい照明のみの暗がりが包む。
「長らくお待たせ致しました。皆様楽しんでおられますでしょうか」
会場の各々が酔いもあって気分盛り上がる中俺たちは壁際で抱き合い最終確認をしていた。
「さっきのワイン、予想はしてたけど…普通じゃない」
判断を酔わすためね、なんて冷静に分析はしているもののさすがに多少はきたようで、ほんのりと赤みを帯びた頬をしている。
「…支障は」
「無い…大丈夫」
さすが諜報部員といったところか。だがいい具合に俺にもたれる格好のせいか先程以上に上手く溶け込んでいる。周りを見渡せば、すでに薬などなくても逝くとこまで意識を昇らしている奴がちらほら見える。俺も多少酔ったふうにみせた方がいいな。
「お酒、お強いのですね」
不意に声をかけられ、俺はエム抱いたまま振り返る。
「…いや、そんなことはない。悪酔いをしないだけだ」
「そうでしたか…では、これをお受け取りください。そちらのお嬢様の分も」
渡されたのは水の入ったコップと、青みを帯びたライトグリーンの錠剤が入ったパック。ボーイはニコニコと笑みを見せ皆様ご一緒に飲んで頂きますので、と丁寧に告げた。
「あぁ…支払いはこれでいいか」
「ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」
また丁寧に頭を下げると次の客にあたりに行った。 ボーイが去ったのを見計らいさっと錠剤をポケットにしまう。エムは俺の胸に埋めていた顔を起こすと、腕を絡め口付けてきた。
「ん…ふ…」
指を絡めた掌には、先程の錠剤と瓜二つの物。
「効能は極めて高い依存性、幻覚幻聴殺人衝動。服用時は気分を高揚させ、大きな性的欲求をもたらし、高昴りが持続する薬。禁断症状も半端じゃない…悪質度も最高の薬物」
それだけ囁くと、唇を離し俺にうなだれかかった。
「早めに終わらせるぞ…ターゲットを捕獲する準備はいいか」
「いつでも」
俺は酔いきった振りをするエムを抱えながら主催者のステージ脇へと移動した。
「皆様のお手元にありますのは本日のメインでもあります品物です。
市場に出回ることは極めて珍しいものでありお値段も少々高めではありますが、私もそれだけの価値を保証いたします」
その“薬”が合法であるはずもないのにこう堂々と販売しようとしているのは、ここに海軍の介入が無い事に自信があるからに違いはない。本来この情報が政府に流れたのも、ここ数年の調査によりようやくのことだ。試飲までさせればなんの訓練も無い海兵など“薬”の虜になるほかない。
役立たずにこの上無い。
「それでは皆様、お楽しみくださいませ」
俺たちに、弱さなど無い。否、弱い者など生き残れはしない。
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