目立たないように壁際に寄り添い俺たちはカップルを装う。周りの空気に合わせて俺は腰に手をまわし、エムは首にその腕を任せる。
「─通行証代わりに関係者からプレートをもらわなければ入れない。その心配はしてなかったけど」
俺の胸元に指を添わせそのまま頬まで滑らせる。
「入るには女の同伴が要るようだな」
「最中に飲ませると考えて間違いないようね」
バイヤー側も女を連れてなら下手に逃げられはしないだろう状況を作っているようだな。周りに忍んでいるつもりだろう見張りに見せ付けるように、その指に絡めて口付ける。
「…やっぱり怪しまれてる」
「じきに目を反らす」
すぐに俺たちの様子に警戒心を無くしたか俺たちに向いていた目は違う組を監視し始める。
「薬のレプリカは持っているな」
「効能以外は完璧な偽物」
「それでいい」
俺たちは部屋に戻る体を装いこの会場をあとにした。向かうのは、もう一つのパーティー会場。
「失礼ですが、ご提示願いますか」
エレベーターから降りればすぐに黒服に身を包んだ男が数人。
「これでいいか」
「─はい、確かに」
ここを出るときは最低この数の倍は片付けることになるだろう。脱出経路を把握しこの男に先導されながら会場へ向かう。
「それでは、ごゆっくり」
もう一つのパーティー会場への扉が開いた。
そこには上の会場ほどではないが多くの人間がすでに酒を酌み交していた。ざっと見ても、だいぶ数も多い。
「さっきのパーティーの参加者も多いけど半数はこの為に集まってきた人間」
エムが耳打ちしたのを参考にすればまさしくこのパーティーを隠すために上のものは開かれている。これは確信だ。部屋の大きさも上の大広間ほどではないがやはりこれだけの人数を収容して余りある。周りを囲う男たちを除けば雰囲気も一見ただのパーティー、隠蔽工作も万全なのだろう。
「お客様、いかがですか?」
入ってきたばかりの俺たちにボーイがグラスを配る。
「あぁ…白を」
銀盤のトレイに載せられたグラスを二つ受け取り一つをエムに渡す。ありがとうと一言告げただけだったが、エムは柔らかく笑った。
「珍しいね」
「何がだ」
「ルッチは赤を選ぶと思った」
フンと鼻で笑ってやって。
「気まぐれだ」
そう呟いた。
その気まぐれを口にすれば熱く焼けるような液体が喉を流れた。
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