long(op) | ナノ



思えばあの時が初めてだった。

物心付く前から鍛えられているという諜報部員候補たちの中に放り込まれて異様な速度で六式を体得し、諜報技術を身に付けていった彼がたかだか一つの王国を侵略しようとする海賊に殺されるわけがない。あの傷跡だって彼の言う通り跡にこそなったけれど、今になれば致命傷どころか痛みさえ無かったように思う。

ただそれはあの時の彼の小さな背にはあまりにも大きすぎる傷跡で。たとえ溢れた赤は彼の口角をあげる程度のものでしかなくても──きっと、恐ろしかった。

あの日あの時あたしたちから全てを奪った人間に今の彼を、持って行かれはしないかと、失いはしないかとただただ、あたしは不安だった。












眩しすぎてこの島の光はあたしには向かない。そう思ったのはいつが最後だろうか。

目の当たりにするのは本島と広い海と空と、大きく立ちはだかる門。余りに明るすぎて目が潰れてしまいそうなんて思ったのは遠すぎる昔のことで思わず笑ってしまう。


「どうした、一人で笑って」


カーテンに手をかけたまま空になっていた腰に随分と立派な腕が回った。


「…ううん、何でもない」

「安心しろ」

「?」

「俺はお前より先に死なない」


歴史の上に描かれる出来事なんてほんの一握り。正しい歴史の記録なんて、またその一つまみ。幼い子供の人生に与えた歪みなんて書いてはくれない。
それが所詮、現実。

燃えさかる孤児院が、今でもあたしの目には焼き付いていて。
─足元に転がる死体死体死体。
その時過ぎった姿は少年と少女とその現実と─








ぷつりとその糸は瞼の裏側で切れた。


「(…夢オチなんて、卑怯)」


隣で眠った男の寝顔を徐々に戻っていく視界にとらえる。長いまつ毛、整った鼻筋、大人な顔立ち。いつからそうだったかなんて、もう思い出せもしない昔のこと。



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