「部屋間違えた」
「安心しろ、お前の部屋だ」
何が安心していいのか説明してほしい。
着替えようと部屋に戻ればあたしのお気に入りのソファに豹はふてぶてしくも寝そべっていた。
「あたしの部屋にこんなインテリアないから」
ていうか、要らない買わない貰わない。
「俺を調度品扱いとはいい度胸だな」
シルクハットを被っているおかげで彼の表情は見えないけど、喉の奥からは低い笑い声が聞こえた。
「これから訓練か」
「誘ってもらっちゃったし、上目遣いで。もうお姉さんイチコロ」
そう棒読みながら告げてクローゼットから私服を取り出していると彼はピクリと動いた。もちろん、そう感じただけだけれど。
「ナンパでもされたような言い回しだな」
「ん…、可愛い子だとは思うけど」
さっとスーツを脱いで動きやすい衣服を身にまとえばようやくかというように彼は起き上がった。
「着替え終わるのでも待っててくれた?」
「俺がそんな紳士にでも思えたか」
「心を入れ換えたのかと思った」
いつも着ているスーツと同じように黒を基調にしたシンプルなワンピース。
この色には、鮮やかな赤がよく映える。
「バラの花でもさしておくか」
「相変わらず悪趣味」
髪を結い直すその首元に顔を埋めてぺろりとあたしを一撫でする。
「…これから訓練なの」
促す行為に水をさすように告げればあまく首筋に牙をたてて、甘えたように喉元で声を出す。
「早く帰ってこい」
「気分じゃない」
「俺がその気にさせてやる」
くすりと小さく笑ってあげれば彼は腕に絡めていた腕をほどく。行ってこい、の合図。
「一人でボトル開けないでね。身体に悪いから」
「余計な世話だ、バカヤロウ」
時折見せるその素直な顔は嫌いじゃない。だって、可愛いじゃない。
「遅かったのぉ…待ちくたびれておったぞ」
「ごめんごめん、ちょっと駄々こねられちゃって」
「駄々?」
ずいぶんと待たせてしまったせいでカクは少し表情をしかめてしまっていたけどそれも束の間。始めよっか?といえばぱあっと明るく笑った。
「エムくらいしか相手になってもらえんのじゃ。ありがたいの」
「あたしも。先輩方は誰も受け付けてくれないもんね」
先輩といっても、もうそのほとんどは役に立たない。最近では矢継ぎ早に“処分”が執行されていく。
─CP9において弱さは任務の成功率に直結する。
特権の認められたNo.9において任務の失敗は決して許されない。その力に陰りが見え始める前に身内の手で始末するのがここのやり方。
「もうカクみたいな若い子の時代なんだね」
彼の嵐脚をかわしながら、呟いた。
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