「…アンタねぇ…」
「何か不服か」
背に刺さっていた爪も長い指先に変わる。ざらついてた舌も、生温い。唯一変わらないその瞳だけがあたしを射抜いていた。
まだまだあたしじゃ敵わないみたいに見下す視線は何もしてこない。ルッチの生温いしずくに濡れた髪や肌だけがひどく色っぽかったってだけだ。
「エム」
突然の言葉にピクリとすれば指先が頬に触れる。
「な、に」
「随分とやらしい表情をしてくれるな」
触れてた指先が頬から唇に移る。彼の後ろ姿を映す鏡に自分が映っていた。衣服も相変わらず濡れたせいで重くなってく。血に染まったこの身体はこの豹にしてみたら、一体何?
「考え事か」
低い声が私を責め立てる。
「ん…」
「余裕そうだな」
あたしの唇にもってきていた指先に力を込めた。
食い込む親指の爪先が唇の端を切って赤く染まる。ピリッと走る痛みと、ルッチの微かに上がる高揚感。
「まぁね」
あたしがそう答えるとさも楽しそうに喉の奥の方で笑った。
「いい眼をしてるエム」
その低く笑う声が小さなバスルームいっぱいに響く。不気味とも思えるほど妖艶な声音。口の端から流れ溢れてくる血が、徐々に自分の口内に溜っていく事が不快で思わず眉をひそめた。…鉄。
「お前の余裕のない表情が楽しみで仕方ない」
滴に濡れたまつ毛が目の前で瞬く。
「ん、…ふ…っ」
貪りつかれるようになされるがままのあたしを捕える舌が本人に反して優しい。
獣のクセに…とよく思う。ルッチの口付けが荒々しく何物も顧みないほどに狂うところなんて滅多にない。
長い長い口付けのせいで口の中に広がる鉄の味がうっすらとしていく。
「ん………は」
ルッチの口付けはどんな拷問よりも秘密を引き出せる磨きぬかれた諜報技術。
「いい表情だ」
そしてニタリと笑う。
水の滴る頬を舐められれば彼の口許には赤が映える。恍惚を望む彼のその瞳には、虚ろな眼の自分がいた。
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