「大体なァお前らには上司を」
「あたしが呼び出された理由は何ですか」
肩に掛かった髪を手で避けて問う、呼び出される理由なんて一つしかないけど。
「くっ……あぁ次の任…っつか?!お前その首の跡はなん──…あっちぃぃ!!なんだこのコーヒーっ!」
…うるさい。
やっと本題かと思ったら勝手に始めてまたコーヒーのカップを割って怒鳴り散らす。給仕さんも仕事とはいえ毎月いくらくらい長官のカップ代に予算を割っているんだか…本当にご愁傷さまだ、我が上司として申し訳ない。
偉い人がバカだとその下が苦労させられるのはもう、仕方ないか。
「長官」
「あぁっ?!」
「司令をいただけますか」
だからあたしはあたしの仕事をするだけ。
「あ、あぁ…今回の任務だが短期もクソもねぇ、殺してくるだけだ。生憎全員出払ってるがお前一人で全く問題ねぇだろ」
そう言うと長官はあたしに向かって書類を伸ばした。
「一応読んどけ、すぐに出発して出来るだけ早めに帰ってこい。ここに長期間諜報部員が誰もいないのはまずいからな」
説明を面倒くさそうに省く長官から書類を受け取ってざっと簡単に目を通した。
「二週間くらい」
「分かった、下がっていいぞ」
じゃあ、とあたしも短く一言告げるだけで長官室を出ようとした。
手をかけたその時、だ。
「…おい、エム…その、なんだ…」
「…まだ何か」
なんとなく言おうとすることが分かるから少しだけイラついた。
「ヤることまでは何も言わんがせめて隠そうと」
「長官」
「なんだ?」
「セクハラです」
「いやそれはお前の方だろっ?!」
触れたドアノブはひんやりと冷たかった。
海列車に揺られながらふと窓の外を見た。久しぶりに見た真っ黒な海。何もかも照らしだすような強く光る月。
「もうそんな遠く…」
懐中時計にふと目をやる、さしていたのはまだ未明。目的地までは船も通して、まだ5日はかかる。
暇だと思いつつ、もう一度書類を手にとった。
──短期任務
革命軍下層部が集結していると思われる島にて少しでも疑わしい者任務の妨げる者を殲滅。
革命軍の手がかりがあれば回収、痕跡を残すことなく処理すること。
体裁を気にした政府の作りそうな文面。
こんなの島の総員抹殺といってるようなものなのに。
「ん、」
記されている島の名は聞いたこともないほどに小さなグランドラインの辺境の島。こんな島の人間なんてなくなっても痛くも痒くもないという政府の表れ。
──…なんて非道な、とは思わない。それが任務であってあたしがCP9だから。
あたしには崇高な志もなければ野望もないし、血が好きなんて悪趣味も持ってない。これが“仕事”であたしの“義務”だから。
あたしはまた小さくあくびをかいた。眠く、なってきた。寄りかかる肩がないから困るなんてことはない。
「おやすみなさい」
小さく呟いた声は何に響きもせずに列車の走る音にすぐ消えてしまった。
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