「その荷物はなんだぁ…?俺よりも金のある男に目でもかけられたか」
今更だが娘と俺は実際に少し距離があったようだ。確かに背後には感じなかったがこの程度離れていれば俺の連れだとは考えにくい。
「お遊びもそこら辺にしろ、昨夜の分はキッチリ取るからな」
少ししかめられたその眉にその今にも折れそうな腕にどれだけの力を加えられているのか予想がついた。
「、!」
「テメェ…反抗する気か」
振り払おうとした行為がよほど不愉快だったのか、げひた笑みも野蛮な睨みに変わる。びくりと肩が跳ねた。
俺が二人の関係など知るわけもないが、一連のやり取りでとりあえずその男を退けるのは間違いじゃないことだけは確認出来た。
「…誰だお前」
「お前に名乗る必要はない」
ふん、と鼻で笑った男は引き寄せていた娘の手を一旦下ろした。
機嫌が悪くなるものだとばかり思っていたが、どうやら俺と話をする気はあるようだ。俺としては、面倒なだけだが。
「…裏町の人間じゃあなさそうだが、…他所もんか」
でっけぇ十字架掲げやがってと吐き捨てるように男は言って話を進めた。
「なんも知らねぇから持ってっちまったのか。エムと寝てェなら俺を通してもらわねぇとなぁ、勝手に持ち出されちゃ困るんだ」
なるほど娘にああさせていたのは、こいつか。
「…で、いくら出してくれんだ?匿名で結構だぜ、一緒にいたんなら分かってると思うがこいつは口は聞けねぇ。だが何も知らねぇ、柔順ないい女だ…値は張るぜ」
いい加減無言でこいつの話を聞くのも飽きてきた、暇潰しには到底向かない講釈だ。娘をその場に残し、傍にあった脇道に男を連れ出す。
「お前が管理者か」
「あぁ」
後に引く面倒は御免だ。
「…な…っ」
「不足か」
爛々とした目に不満は見当たらない、これで不足なら俺は一度取りに戻らんといけなくなるのだが。
「……そんなにエムが気に入ったのかよ」
吐き捨てるように言った。
「あいつは確かにいい女だ、まだ女と呼ぶにゃあ幼ねぇとこもあるが…。
だが口は聞けねぇ」
聞きもしないのに男は続ける。
「エムって名前は本名だ、あいつ自身は喋れねぇから客は適当な呼び名をつけるけどな…昔町ごと家族を海賊だか山賊だかに殺されて以来記憶と言葉を飛ばしちまった」
本当に、よく喋る男だ。
「それにあいつァ」
「もういい」
そんな仮の名、誰が呼ぶか「行くぞ娘」
「!」
本名か偽名か、過去か原因か。本人が伝えたいと思うまで俺は何も聞かない。
END
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