short(op) | ナノ


一人の小娘がその扉を叩いた。もう日課のようなもんだ。


「あたしー!エムーっ!パウリー開けてよー!」


周りを囲う柵からこそ入ろうとはしないものの扉をそんな女が一人で開けられるはずもない。


「クルッポー!おいパウリーエムが呼んでるぞ」

「…まったあのバカ…ッ!」


デカい扉があるとはいえ単なる衝立程度のその向こう側からは忘れ物ー!とこいつを呼ぶ声が筒抜けだ。


「うるせェバカ野郎っ!仕事中に職場に顔出すなッ!」


結局顔を真っ赤にしたパウリーが出ていくのだ。


「んな…ッ!?またお前はそんな不埒な格好をー!」


誰がんな服を着ていいっつった破廉恥なァー!なんて今日もバカデカいパウリーの悲鳴が響き渡る。エムのこととなればその音量はカリファの倍だ。


「うるさいのはどっちよ」


なんてからかうエムを横目でチラリとみやればそいつは目も合わせずに口角を少し上げた。


「お疲れさま、パウリー」


その挑発的な余裕に一瞬眉を潜めさせられた。


「おーおー、また今日もやっとるのぅ」

「あ、カク君こんにちはっ!またご飯食べに来てねー」


査定に行っていたカクへも明るく挨拶をして真っ赤になって騒ぐパウリーに俺たちに聞こえる声で耳打ちした。


「何よ、昨日はもっと破廉恥なことしたじゃない。あ・さ・ま・で」

「ば……っ!!」


パウリーの蒸気は目に見えてMAXだ。それをおもしろそうに笑うエムはなんと憎たらしく可愛いものか。


「ほぉー…それで遅刻したのかおぬし、破廉恥じゃのぅ」

「破廉恥だッポー」

「ふふ、破廉恥パウリー」

「はっ、ハレンチじゃねぇー!!」


どちらがガキかなんて分かったもんじゃなかった。







「はいお弁当。もう毎日毎日忘れないでね」

「お、おぅ…お前こそ家帰ったら服、ちゃんと着ろよ?」

「なんの心配じゃおぬし」


端からみれば過保護な彼氏と可愛い少女のただのやりとり。それだけ渡してエムはすぐに1番ドッグを抜けていった。


「エムに照れるのもいい加減にせんか、恋人なんじゃから」

「バカ野郎!破廉恥な格好とそれは関係ねぇっ」


エムはとうに見えなくなったってのにそんな真っ赤な顔して言い訳になんざなってねぇことも分かんねぇのかコイツは。


「そんなこと言ってもおぬし…破廉恥なことしたんじゃろ、朝まで」


またカクがパウリーを煽るようなことを言いやがる。煽られたパウリーの言い訳は続けられるだけだ。


「いい加減持ち場に戻れ破廉恥!いつまでもデレデレしてるとアイスバーグさんに言いつけるッポー」

「は、破廉恥っててめ…!」


一つ、その言葉に煽られたのは俺も同じか。その後すぐに弁当抱えて持ち場に帰ったパウリーを背に、カクが俺に声をかけた。


「もう一つ岬の方で査定を頼まれた船があるんじゃが、ワシは今の査定を片付けなければいかん」


そっちの方に行ってもらえるか、と。少し周りに聞こえるような大声を出していた。同時に肩に置かれた手から、ビリビリと当てられる。


「…分かったッポー」


エムを追いかけろ、か。
バカバカしい気遣いだ。









「ご飯は仕事が終わってから誘ったつもりだったんだけど」


まだ買い物にも行ってないよ、なんて言って冷蔵庫に手をかけた。


「それは悪いことをしたな」


地声で話しているのは別にハットリがエムの腕の中で休んでいるからではない。エムにとっても 聞き慣れた声のはずだ。


「パウリーなら設計図のことは本当に何も知らないはず。4年以上探っても反応は無いまま」


エムのすっかり落ち着いた声はやはりCP9としての存在を感じる。本人自体はパウリーの忠告があったにも関わらず着込むどころかキャミソールにミニスカートなんて服に着替えていやがるが。


「毎日パウリーその気にさせるの、なかなか大変なのよ」


なんて、ぼやいて振り返った。
先ほどの服では隠れていた、胸元に広がる薄く赤い所有印。エムがパウリーのものである証。


「妬けた?」

「…あァ、殺しちまいそうだ」


あいつも、お前も。
抱き締めた身体は、相変わらず細く華奢で柔らかい肌。口付けを交わせば絡まるエムはやはり変わらない。


「バレるかも、よ」

「分からんだろう…あいつは直視できん」


一つ落とした、所有印。
エムが俺のものである証。


「あと2週間で任期も切れる」


パウリー最愛の彼女の役も。お前とパウリーが愛しあう戯れ言を聞くのも全て終わりだ。
ねぇ、と腕の中でエムは言った。


「本当に、彼に惚れたって言ったら」


少女の影なんて見えない悪戯っぽく。


「それが本当だったら」


いつまでも挑発的な女。


「どうしてくれる?」


昔、お前の冗談が俺は世界一嫌いだと言った。


「殺してくれる?」


こいつは冗談が世界一嫌いだから。





許せないけど嫌えなかった





たとえ何があろうと、俺がお前を嫌えるわけがないんだ。


「そいつを殺して俺に惚れ直させる」

「大した自信家」


お前を殺すのは簡単だが、お前が俺を見つめる瞬間の代償にはなりえない。返された唇は、本当か?



END