「…へぇ」
エムは笑ったままだ。
「あたしとヤリたい?」
「あ?当りめェだ狼牙?」
笑ったままのエムの指銃の構えに身震いがした。
「あ、ルッチ」
任務帰りで長官のトコへ向かう廊下の途中にエムにハチあった。
「と、…なんだジャブラか」
「なんで残念そうな言い方なんだよ」
クスクス楽しそうに笑うエムなぜか私服じゃねぇ。
「お疲れ様、二人とも」
「あぁ」
「おう」
なんにせよ男二人で組まされていた任務明けにエムに逢えたのは正直に嬉しかった。…いや待て、なんでスーツなんか着てんだ?
「今から任務か」
「うん、ちょっと長めの。またしばらく会えなくなるね」
無愛想な化け猫のどこに惹かれて話しかけてんだか知らねェがエムはルッチといると楽しそうに笑う。
あァ、腹立つぜ?
だが今はそれどころじゃねェ。
「おま、これから任務っ…長期なのか?!」
「へ…うん?」
「バカ言うんじゃねェ!」
化け猫もエムも揃って俺を見た。
「まだヤッてねェだ狼牙!また俺はお預けか?!もう限界なんだぞ俺は!!」
俺の大絶叫は盛大に響き渡った。
「なっ…何言ってんのよアンタ」
「公然と人前で盛るな野良犬」
「お前ェは黙ってろ!」
エムの前まで詰め寄ればバカじゃないのとため息混じりに呟かれた。
「俺にとっては死活問題だ!」
「じゃあ勝手に死ん……」
俺の耳には最後の「でれば」が途切れた代わりにエムの血管のブチ切れる音が聞こえた。
「ジャブラ」
「うが…っ」
ぐいっとネクタイを引き付けられて首が締まる。
─とまぁ、ここで冒頭に戻るわけだが…
「こ・れ・は・な・に?」
その人指し指でつんつんとつつく、剥き出しの俺の胸。
「……ほぉ」
「あァ?」
別にエムがつねったわけでもないのに薄赤くなった色素の皮膚。
「浮気の証拠だな」
「サイテー」
「はァあ?!」
なんだこいつこんなの気にしてんのかよ?!
「今のがそーゆう任務だったんだよ!」
「…そうなの、ルッチ?」
寸分も俺を信じてねぇ目で化け猫を見た。
「言い訳か、見苦しいな」
「ふざけてんじゃねぇぞてめェエ!!」
ヤローに掴みかかってやろうとすれば飛び出た腕を巻き込まれて投げられた。エムは武道の達人だ。不意をくらった身体は生身のまんま床に叩きつけられた。
「ッッッ…てェーな!」
「勝手にその女とヤッてくれば?」
完全に手に負えなくなったエムはそのまま自室に向かって吹き抜けを飛び降りやがった。
「あンのバカ…ッ!つーかてめェ覚えてろよ!」
「フン…負け犬らしい台詞だ」
「黙ってろバカ猫!」
俺もあとを追って飛び降りた。
「だから違ェってんだ狼牙?!」
拗ねてんだか怒ってんだかわからねェけどエムは荷物をまとめながら口をききやしない。誰が浮気なんかすっかバカヤロー、お前以外で勃たせんの大変なんだぞ!
─ガタン!
座ってたソファーの前のテーブルに力いっぱいに酒瓶が置かれたと思ったら。
「あはははっ!ジャブラ必死っ!」
突然腹抱えて笑いだした。
「な、なんだよ?」
「ばっか…分かってるよ」
そう言ってさっきまでのあの脅威は微塵も感じさせない顔で笑った。
「下品なこと言わないでよキモいから」
「本当のことだ狼牙」
エムは膝の上に跨がってその細い指で俺の髪結いをほどく。笑うエムはそこらの女の1000倍可愛くて綺麗だ。
「オッサンに褒められても嬉しくない」
「あァ?!」
ふざけたこと言いやがるくせに楽しそうに笑って軽い口付け。
嘘だよなんて抱きつくもんだから、照れる顔はなんとか背けるが。
「大好きだよジャブラ」
「んな…っ…」
「行ってきます」
「…お、おぉ」
「帰ってくるまで我慢してね」
なんて言ってまた笑った。
………………は?
「何をだ?」
「………ムードぶち壊し」
別れ際の頬に紅葉の痕。
言わないと駄目なワケ?変態で鈍感でオッサンなのに大好きなんてさ!
END
thank you 江戸物語
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