おいで、でもなければ、こんにちは、でもなかった。
ただその子は血まみれの鋭く冴えた眼をもった男を目の前にしても、騒ぐどころか泣きもしなかった。そんな幼い子供に一言彼はそう言った。
「来い」
これがあなたと私の手が触れた瞬間。
「……」
「反抗期じゃろうが、気にするな」
言葉なんてなくても伊達に長年付き合ってきたわけじゃない。考えてる事は、大体分かる。
しかし、これはそのテレパシーの類いとは別物だ。
「…何も言ってないが」
「こらこら、やめんか。言葉一つにそんな殺気をたててどうする」
今にも喉で鳴きそうなほど低い声でルッチは応えた。
「おぬしがエムも連れずにここに来ることは、まぁまずそういう事じゃ」
「黙れ」
相変わらず、可愛いげのない顔で眼を閉じた。
「エム、今帰っ」
「嘘つき!」
飛んできたクッションよりもその言葉に驚かされた。
「バカルッチ!死ね!ゲジマユゲジヒゲ!」
鋭利な言葉が盛大な血飛沫を伴って心に刺さるッチ。
「ちょっ、エムどうし…」
「嫌い嫌い嫌い嫌い!大ッッ嫌い!」
エムの部屋のドアの前で立ち尽くし続けていたリーダーを見かねたブルーノがここに連れてきた。
「このバカでかい建物においても部屋は同室、夜はあんあん」
「野良犬、穴掘るのは面倒だ骨は海に捨てるが良いな」
「まあエムも理由あってのことじゃろうからそこらは当人同士でも解決してほしいのぅ」
………………理由?
理、由…。
理由。
「あった」
「エム」
重いドアノブをこじあける。
「やだ!」
とんでくるクッションも今度はちゃんと掴みとるッチ。
「ルッチなんか嫌い!」
「忘れていてすまなかった」
拗ねて膨れた顔はずいぶん目を見開いていた。俺が誰かに詫びるなんて稀なことは本当に久々だったからだろうが、そうも言ってられない。
「今度はちゃんと買ってくる」
「要らないよゆびわなんて!」
本当に機嫌を斜めにしていた理由は、違うところにあった。
「どうせどうでもいいんだあたしのことなんか好きでも何でもないんだ!」
…あぁ胸がムカムカする。
エムの涙は俺を何よりも責め立てる。そして何よりも。
「バカヤロウ」
好きに決まってるじゃんこんなにも愛おしい小さな恋人。
「俺はお前がいなければ生きてけないんだぞ!」
「るっちいぃ!」
「俺らのリーダーがアレってよォ…」
「転職を考えさせられるのぅ」
「セクハラの塊だわ」
END
thank you 江戸物語
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