たとえば、なんてくだらない言葉だ。
「たとえばさ」
シングルベットの上で横たえているエムは今俺の腕の中。目の前には月明かりに照らされて輝く髪が泳ぎ彼女が喋る度に生温い吐息が地肌にかかる。
「くだらねェ」
「言うと思った」
ルッチはたとえ話が嫌いだものね、なんて当たり前だ。ありもしえない仮定に身を委ねるなんてバカバカしい。
「でも聞いてて?」
愉しそうに笑うエムの吐息にさすられる自分が嫌になる。俺は何を溺れていやがる。
「たとえば、ルッチは諜報部員でもなんでもなくてね」
エムの目は窓の外を見てるのかただ天井の延長を探してるのかなんて、俺には分かるはずもない。だが、ひどく。
「私も諜報部員なんかじゃなくて、お互いフツーの人間同士でも」
愉しそうで哀しそうな顔をしていた。
「あたしはルッチに逢えたかな」
笑いながら、すりよった。
「ゴーイン」
「黙れ。また塞がれたいのか」
温かみのある肌も、体を巡る血も全て。今あるお前以外必要ない。
関係ないでしょそう言えたらいいねなんて願望。
END
thank you 江戸物語
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