与えられる影響の大きさを思い知る。




まともに眠ることが出来なかった。

昨日の笠松先輩の行動を思い返しては、疑問ばかりが浮かんできて目が冴えてしまって。

私の手首を掴んだ力の強さとか、怒った表情が頭から離れなかった。








それでも部活があるので、重い身体を引きずりながら学校へ向かう。

笠松先輩に会うのが怖い。

会って、またあんな顔で睨まれたら…。

でも、もしかしたら昨日のことは私の勘違いとかで、今日はいつも通りの先輩かもしれない。

そんな小さな小さな希望を胸に抱きながら、祈るような気持ちで学校へ立ち入った。




「一番だ」

眠れなかったため、いつもよりもずっと早く家を出たことにより、私が体育館に着いたのはどの部員よりも早かった。

鍵は先生が開けておいてくれたので、とりあえず体育館へ入って床にモップをかけておく。

みんなびっくりするかな、なんて考えながら体育館の中を歩いていると、扉が開く音がしたのでそちらに視線を向けた。



「!」



私の次に体育館へやってきたのは、笠松先輩だった。

目が合って、お互いに少し肩が跳ねる。


「あ、お、おは…」








やっぱり昨日のことは間違いじゃなかった。


私が挨拶をしかけたとき、先輩が顔を逸らすのが見えた。

いつもなら、絶対に何か言ってくれる。

しかも私が一番最初に来ているなら尚更だ。

なのに先輩はまず最初に顔を逸らした。

これが昨日の出来事を確証づける理由である。








「おはよう、あれ、名字早いな」

「おはよーございまっす!!え!?名字がい(る)!!」


私が絶望に打ちひしがれてすぐに、小堀先輩と早川が体育館に入ってきた。

少しホッとしてしまう。

笠松先輩も同じだったのか、2人におうと声をかけていた。

早川は笠松先輩にきちんと挨拶をしてから、私の方へ駆け寄ってきた。



「なんでこんなに早くにい(る)んだ!?時間間違えたのか!?」

「違うわ!早起きに成功したの!」

「そうか!頑張ったな!え(ら)いぞ!!」

「うるさい」

「ひど!」

そんなことを話している間に、先輩たちは部室へ引っ込んでしまったらしい。

結局笠松先輩とは、挨拶をすることもできずに部活が始まってしまった。






「名前先輩、目の下クマできてるっスよ?」

「え?本当?」

「ほら鏡。寝不足スか?」

「いや、そんなことはないんだけど…」


休憩中、黄瀬くんに指摘されて初めて自分の顔をよく見た。

確かに疲れた表情をしている。



昨日の笠松先輩の行動ひとつで、こんなになってしまうなんて恐ろしい。

私はどれだけ先輩のことが好きなんだろう。

そして先輩は、私のことをどう思っているのだろう。

なんで、あそこまで怒られなければならなかったのか。

先輩は…あの手紙をどうしたのだろう。


色々と考えてしまって頭の中がもやもやする。

軽く頭を横に振って、邪念を払おうと努力した。






「花火大会、明日っスね」

「え?」

突然黄瀬くんが楽しそうな声を出すので、私は現実に引き戻された。


「オレIH始まる前から楽しみにしてたんスよ!」

「あ、明日か…」

「えー忘れてたんスか!?ひどい!」

「ご、ごめんごめん」


黄瀬くんがぷんぷんと怒っているが、正直それどころではなかった。

すっかり忘れていたが、明日は部活が休みで、夕方からレギュラーのみんなで花火大会に行くことになっていたのだ。

もちろん笠松先輩も一緒に行く。

というか、笠松先輩が誘ってくれたんだっけ…。


「私、行ってもいいのかな」


どうやら思っていたことが小さくだが口に出ていたらしく、黄瀬くんはそれを聞き逃さなかった。


「もちろん!っていうか、名前先輩がいなくちゃ楽しくないっスよ!」


拳を作って力強くそう言ってくれる後輩に、落ち込んでいた気持ちが少し救われるようだった。











今日の部活は、最後まで笠松先輩と話すことはなかった。

マネージャーとしてやることはもちろんやっていたけど、練習メニューとして先輩はほとんど監督と一緒にいて、私は他の部員と関わることが多かった。

朝の件以来、目が合うこともなくそのまま解散となってしまった。




体育館を出て、校門へと向かう。

なんだか足取りが重い。

いつもなら笠松先輩にシバかれたこととか、話したこととかを思い返して幸せな思いで帰るのに。


ふぅ、とため息をついて顔をあげると、自転車置き場が見えた。

そしてそこに笠松先輩の後姿も見える。


声をかけてみようか…。


もしかしたらいつも通りに返事をして振り向いてくれるかもしれない。

今日1日話せなかった分を、少しでも取り返すことが出来るかもしれない。

なんてことを思って、自転車置き場へ足を進める。





しかし私はすぐに足を止めることになった。

先輩のそばに、人影を発見したからだ。

それも、一番見たくない人影。

私がこんな思いをする原因を作った人物、笠松先輩に手紙を渡してくれと頼んできた女の子だった。



先輩と彼女は向き合って、何か話しているようだ。

絶対にこれは近寄ってはいけない雰囲気だと察して、足早に立ち去る。

そしてそのまま家路を急いだ。




笠松先輩とあの子は何を話していたのだろうか。

昨日、私が先輩に「ちゃんと返事をしてあげて」と言ったからなのか。

もしかして、2人は付き合うことになるんじゃ…。

そう思ったら、不安でたまらなくなる。

私も何か行動を起こせばよかったのではないか。

マネージャーとして傍にいることが出来るって甘えて、努力しなかったからこんなことになったのだ。







また満足のいく睡眠は得られず、花火大会の日を迎えた。

行きたくない気持ちが強い。

しかし仮病を使ってキャンセルできるほど、私は器用ではなかった。




集合場所へ少し遅れていく。

昨日のように笠松先輩と2人になってしまったら、耐えられる気がしない。

怒られてもいいから、最後に着きますようにと祈って、ノロノロと歩いた。


祈りが通じたのか、私が集合場所へ到着したのはやはり最後であった。

遅いぞなんて言う早川を適当にあしらって、全員で会場まで足を進める。

笠松先輩は主将らしく一番前を堂々と歩いていて、私は最後尾だ。

会話をしなくても不自然ではないことに安堵しながら、隣でうきうきしている黄瀬くんと話を合わせた。






大きな花火大会だから、人もそれなりに多い。

まだ少し明るいため、屋台でそれぞれ食べたいものを食べたり、ゲームをして遊んで時間を潰す。

このままだと、笠松先輩とは目もあわさないまま花火大会も終わりそうだ。



夏合宿で先輩と花火を買った帰り道を思い出した。

あの時は花火大会に誘ってもらえて、本当にうれしかった。

2人きりじゃないことに少しだけがっかりしたけれど、大好きな部員のみんなと出かけられることが嬉しくて、この日が来るのをずっと待っていたのに。

どうして私は今こんな気持ちでここにいるのだろう。



そんなことを考えては泣きたくなってしまうので、頭から離そうと黄瀬くんや早川と盛り上がる。

辺りが暗くなってきて、いよいよ花火が始まるという空気に、私たちだけでなく会場にいる人たちの気持ちが高ぶっているのを肌で感じた。



「もうすぐっスね!」

「何発あが(る)か数えてや(る)」

黄瀬くんと早川の盛り上がりように、私も少し楽しみになってきた。

今は笠松先輩のことを忘れて、純粋に花火を楽しんでやろうではないか。

そんな風に意気込んで、空を見上げた。

周りの人たちも同じように空を見上げている。








カウントダウンが始まった。

同時に、手首に感じた熱。

一昨日のことを思い出し、身体が大きく反応した。

恐る恐る手首を見ると、想像通り誰かの手に掴まれていて、私はその手の先を視線で辿る。



「ちょっと、いいか」



今年初めての花火の音が、遠くで聞こえた。













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140217

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