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両親が泊まりで出かけたため1人で過ごす夏休みの夜。
気付けばもう9時を回っていて、そろそろ風呂に入らねばと腰を上げたとき、チャイムが鳴った。
「はじめ、花火やろう!」
玄関先には幼馴染が満面の笑みで立っていた。
急にどうしたかとその場で問えば
「はじめのママ達がいないってさっき聞いてね。寂しがってるかもと思って!」
なんて笑っている。
「寂しがってねーよ」
「まぁまぁ。それより何か飲ませてー。走ってきたから喉渇いた」
「その花火どうしたんだ?」
「コンビニ行って買ってきたんだよ」
ライターあるよね?と聞きながら勝手に玄関へ上がり込む、キャミソールにショートパンツの少女。
「お前、そんな格好で出歩くなよ」
「急いでたから着替える余裕なかったんだもん」
「つーか、及川は?」
「誘ってないよ?思いつきだし」
玄関扉から入り込んだ夏特有の生温い風と匂い。
それに混じって感じる女子の甘い香りに一瞬くらりと目が回る。
「ほらほら、蝋燭立てたから火ーつけて!」
「ん」
勝手に庭に下り、花火セット付属の小さな蝋燭を地面に立てていた。
部屋から持ってきたライターで火をつければキャッキャとはしゃぎながら花火の先っぽを近づけていく。
「あ、火消えちゃった!はじめライター!」
「へいへい」
少し風があったせいで蝋燭は時折火が消え、そのたびに辺りが暗くなる。
部屋から漏れてくる明かりを頼りにもう一度ライターで蝋燭に火をつけてやるとまた嬉しそうにガサガサと花火を取り出していた。
キャミソールから覗く細い肩がすぐ隣にある。
視線を落とせばショートパンツから伸びる太腿が飛び込んでくる。
夏特有の生温い風に、時折聞こえる虫の声。
チカチカと色を変える火花が幼さの混じる横顔を大人っぽく照らした。
「あっまた消えた!ライターは?」
不意に周囲が真っ暗になり、先ほどと変わらず緊張感のない声が上がる。
ポケットの中のライターに手を伸ばしつつ蝋燭のあった場所へ近付きながら、はたと動きを止めた。
「はじめ?」
「なぁ」
「っわぁ」
暗さに目が慣れていないのか、思ったより近くにいたことに気付かなかったらしい。
肩が触れ合う距離から耳元で呼びかけてみると小さく身体が跳ねた。
「おばさんたちに、なんて言って出てきた?」
「え?えっと、はじめの家で花火するーって…」
それが何?と聞きたげな声色を無視してさらに顔を近づけた。
「今から『いつもの3人でゲームしてそのまま泊まる』って連絡しとけ」
「…へ?3人?徹呼ぶの?お泊まり会するの?」
「いや…」
顔のそばで色々な質問をぶつけてくるのを静かにさせるため、いつもよりゆっくりと、そして低めの声を出す。
「お前1人、今夜はウチに泊まってけ」
「っ!?」
息を呑む音が聞こえた。
蝋燭の火は、もう要らない。
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211024
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