寝る前の攻防

「今夜もミーティングすんだろ?」

合宿2日目の夕飯時に花巻が話しかけてきた。

「そうだけど?」
「ついでにさ」

昨晩も男子の部屋にお邪魔して及川・岩泉とミーティングをした。
今夜もその予定だったので、お風呂が終わったら部屋に行くねと話した後のことだった。

悪戯な笑みを浮かべた花巻は、少し声のトーンを落として私の耳元に顔を近づける。
黙ってその声を聞けば、コソコソと話すようなことか?と首を傾げたくなった。

「DVD鑑賞会やろうぜ!」









「お邪魔しまーす」
「いらっしゃーい」

昨日と同じように男子の部屋をノックすれば、及川がドアを開けてくれた。
そして岩泉と及川の布団が敷かれてあるスペースに招かれ、持ってきたノートを広げる。

「さっき溝口くんから言われたんだけど…」

早速とばかりに話し始めようとしたところで、どこかへ行っていたのか花巻と松川が部屋に入ってきた。

他にも1,2年生が数人いるこの部屋はかなり広く、雑魚寝するにはもってこいのスペース。
対してマネージャーの私は1人用の小さな部屋で寝泊まりするのでこのワイワイした感じは正直羨ましいのだ。

「監督からアイスの差し入れデース」
「いえーい!」

どうやらお使いに行っていたらしい。
2人が袋から様々なアイスを広げると、部屋中から部員たちが集まってきていた。

「ほら、名字の分もあるからおいで」

松川に手招かれて、ぴくりと身体が反応する。
ミーティングを自ら始めかけてしまった手前、すぐに行くことができずに及川と岩泉を振り返れば、さっさと貰って来いとばかりに岩泉がシッシと手を動かした。

「俺とクソ川の分も適当に持ってきてくれ」
「あ、うん!!」
「俺の選ぶ権利!」

ギャーギャー騒がしい及川を岩泉に任せて、3人分のアイスを受け取りにいく。
すると花巻が何やらDVDを部屋に設置されていたプレイヤー付きのテレビに挿入するところだった。

「なに見るの?」
「AV」
「は?」
「ウソウソウソだって!」

語尾にハートマークをつけてふざけた花巻を睨みつければ、冗談だと慌てて手を振った。
結局タイトルを教えてもらうことができないまま、私は及川たちのもとへ戻ってミーティングを始めた。


「じゃあ明日はランニング終わったらすぐゲーム?」
「そうだな」

2人の案をノートに書き写していると、急に部屋の空気が変わったようで一瞬静まった。
何事かと顔を上げると、みんながテレビの方を注視している。
釣られてテレビを見て、やっとこの空気の原因がわかった。

「うそ、ホラー!?」

おどろおどろしい音楽が部屋に広がり、それがこの緊張した嫌な雰囲気を作り上げていたのだ。
画面にはいかにもホラーらしい字体でタイトルが表示されている。

思わず隣にいた岩泉に近寄ると「なんだよ」と冷たい反応をされて少し寂しい。
反対に、テレビの横にいた花巻が「面白いらしいから借りてきた!」といい笑顔をしている。

「え、無理。私ホラーやだ!帰る!」

すくっと立ち上がると及川に手を掴まれた。

「帰るって何!まだミーティング中でしょ!」
「やだもん!急に真面目な主将面しないでよっ」

振り払おうと及川を見れば、なんだか顔色が悪い。
ソワソワしながら私の手を握っている。

「…コイツもホラー苦手なんだよ」
「名字ちゃん、1人で逃げようなんて許さないからね」
「……」

仲間が欲しいだけだったか。
岩泉に「ほら、さっさと座れよ」と促され、仕方なくその場にまた腰を下ろす。
テレビの方に意識を向けなければいいんだ。
ミーティングに集中してればこんなの…怖くなんか…。







「わぁ!」
「いやあ!」
「お前らうるせぇ!」

パニックホラーだったらしく、音が大きく響いてくる。
それだけでかなり神経をすり減らし、私と及川はそういうシーンの度に岩泉に飛びついた。
それを見てゲラゲラ笑う花巻と松川。
同じように怖がる後輩たちもいれば、興味なさそうな国見や京谷。

せっかく監督が奢ってくれたアイスも味を感じることができなかった。
気にしないようにすればするほど意識はDVDの方へ向かってしまい、気付けば私は(あときっと及川も)その映画のストーリーがしっかり頭の中にインプットされていた。






息も絶え絶えにミーティングを終え、持ってきていたノートを静かに閉じる。
一方でテレビの画面の方では相変わらず恐ろしい光景が繰り広げられていて身体がぶるりと震えた。

緊迫したシーンになり、みんなで固唾を飲み画面を見つめる。
さっさと部屋を出ればいいものを、怖いもの見たさなのか私はその場から動けずにいた。
及川も顔を手で覆いつつ、指の隙間からがっつり見ている。



「おい、そろそろ寝ろよ!」



「いやああああ」
「っぎゃー!!」

突然開けられたドアと、飛び込んできた大声に心臓が口から外へ飛び出したのではないかと思う衝撃を受けた。
思わず跳ね上がり、岩泉の布団に潜り込めば同じように隣で及川も自分の布団を被っている。

さすがに他の部員たちもびっくりしたのか「やめてくださいよ溝口コーチ!」と怒っていて、急に騒がしくなった部屋に溝口くんは何事かと困惑していた。

岩泉も「びびった…」と言いつつ隠れている私から布団を剥き、花巻にテレビを消すよう指示した。
渋々消されたテレビから音は消え、部屋が妙にシンとする。
及川が使い物にならなくなったからか、岩泉が立ち上がって「電気消して寝るぞ」と声を張った。

それぞれが歯を磨きに行ったりトイレに行ったり、消灯の準備が始まる中で私は岩泉の布団を再び奪い返して体に巻きつけた。


「名字、お前ももう部屋戻れ」
「ヤダ」
「は?」
「私今日はここで寝る」
「…何言ってんだ、お前はお前の部屋で」
「1人で寝ろと!?こんなに怖いのに!!」

私の剣幕に、数人の部員が肩を揺らしてこちらを見た。
岩泉も動揺しつつ「当たり前だろ」と対抗してくる。

「監督たちに見つかったらどうなるか」
「一晩くらいバレないよ!ねぇ、私1人なんて無理だよ!」

想像しただけで鳥肌が立つ。
1人で薄暗い廊下を歩き、離れた部屋で寝るなんて。
無理。絶対に無理です。

「バカか!布団もねーし場所もねーよ!」
「岩泉の布団半分貸してよ!私寝相いいから邪魔しないよ?」
「なっ…何言って」
「後輩たちじゃ気を遣っちゃうだろうし、かと言って花巻と松川の布団は身の危険を感じるからヤダ」
「え、ひどくない?」
「信用ないね」

遠くで2人がショックを受けているけどそれどころじゃない。
まだ布団に潜っていた及川が飛び出してきて
「及川さんの布団は無視ですか!?」と騒いでいるのも無視した。
こんなにびびってる人と寝るのはもっと嫌だ。

「だから岩泉が一番なの!怖がってなかったし安全だし」

お願いー!と手を合わせるが、頭を叩かれた。

「ダメに決まってんだろ!戻れ!」
「嫌だあああ」
「まーまー岩泉クン、布団にくらい入れてあげなヨ。こんなに信頼されてるんだからさ?」
「そうそう、俺らと違って安全だし?紳士だもんな?」

いつの間にかそばまできていた松川と花巻が、岩泉の肩に腕や顎を乗せて絡んでいる。
揶揄うような物言いに、岩泉も青筋を立てていた。

「可愛い名前チャンの頼みじゃーん。聞いてあげなよ!」
「ほら添い寝添い寝っ」

言い方はなんだかムカつくけど、援護射撃をしてくれているのだ。
私ももう一押しとばかりに頼み込んだ。

「私岩泉と寝たい!ね?お願い!」






ブチっと何かが切れる音が聞こえたような気がした。
と、同時に腕を掴まれ、岩泉に引きずられる。

「え、え」

ずるずると部屋を出て、そのまま廊下に捨てられるのかと身構えればそうではなく、岩泉はそのまま部屋に向かって声を張った。

「先寝てろ!」

「はぁーい」
「ごゆっくりぃ」

なんとか振り返って見ると、またしてもいい笑顔の花巻と松川が手を振っていた。
及川は小さくなって座っているし、後輩たちは残念なものを見る目をしながら頭を下げてきた。







案の定、連れてこられたのは私の部屋だった。
イヤイヤと身を捩らす私のジャージのポケットから鍵を勝手に取り出して、岩泉はドアを開けて電気をつけるとさらに私を引きずり込む。

「やだぁー!ばかー!勝手にポケットに手入れないでよ岩泉のえっち!」

半泣きで抵抗をしながら子供みたいな悪口をぶつければ、勢いよくベッドに放り投げられた。
安っぽいスプリングが音を立てて私を受け止める。
それに驚いている間に、岩泉が私の上に覆い被さるようにして馬乗りになっていてさらにびっくりしてしまった。

「おう、男はみんなえっちなんだよ!てめーさっきから舐めたこと言いやがって」
「え、え…」

間近で見下ろされ、さすがにこの状況を理解した私は言葉を発することができなくなった。
押し倒されていると実感し、勝手に身体や顔が熱くなってくる。

「俺なら安全?一緒に寝よう?ふざけんな!」
「い、いわいずみ…」
「ただでさえこんな時間にお前が横にいるだけで緊張してんのによ!どれだけ無理させたら気が済むんだ」

何言ってるんだろう。
緊張って?なんで?いつも一緒にいるじゃん。
そう考える単純な思考と、一方でまさか岩泉って私のこと…?と勘ぐってしまう思考が頭の中でぶつかり合う。

「いいか、お前が俺のこと安全だとか思っていようがな、俺はお前のことそんな風に見てねぇからな?いつだってこうしてやりたいと思ってんだよ!」

ギュッと力を込めて手首を握られる。
その強さに若干の恐怖を覚えるけれど、岩泉の表情は少し切なそうに見えたので私も悲しくなってきた。

「ご、ごめんなさい…」

自然に出ていた謝罪の言葉を聞き、岩泉は私の手首を掴んでいた手から力を抜いた。
そしてゆっくりと起き上がる。
彼の顔で隠れていた天井が視界に広がった。

「…悪い。怖かったか?」
「う、ううん」

そのまま固まっている私を心配したのか、そっと手を引いて起こしてくれた。
そういう優しいところは岩泉らしいと思う。

「まぁ、これでわかったと思うけどよ…俺の布団で寝たいとか言うな。もし本当にそうなったら、何するか分かんねぇ」

そんな風に言われたら…
思わず両頬を手で覆う。
岩泉は私を見て驚いた顔をした。

「なっなんだよ…」
「だって…私おかしいんだもん」
「はぁ?」

「私…ちょっと嬉しくなってる」
「な、なんでだよ!?」
「岩泉にそんな風に想ってもらってるって…嬉しい。え、なんで?」
「ば…」

顔も身体も熱いし、胸はぎゅうっと締め付けられるような感覚が止まらない。
しかしその感覚は嫌じゃなくてむしろ…。


「岩泉、やっぱり一緒に寝たいな」
「んな!俺の話聞いてたか!?」
「だから…岩泉になら何されてもいいかな、なんて思っちゃったの」
「えっ…」
「それに、岩泉が隣にいてくれたら怖くないもん」

両手で顔を仰ぐ。
黙ってしまった岩泉のことが心配で、そっと顔を覗き込めば彼もまた私と同じように顔が熱いらしい。
ぐいっと額の汗を拭いながらもう一度私をベッドに押し倒した。
またしてもあっさり寝転ぶ私と、悲鳴をあげるスプリング。
しかし今度は、岩泉が私の上でなく隣に潜り込んできた。

「寝るまでここにいてやるから」
「えっいいの?」
「あっちの部屋で他の野郎にお前の寝顔見られるより全然マシだ」
「寝顔なんて…バスとかでも見てるじゃん」
「部屋着で風呂上がりの無防備なところを見せたくねぇんだよ!ごちゃごちゃ言わずにさっさと寝やがれ!」

バサッと布団をかけられ、岩泉は私に背を向けた。
耳の後ろが赤くなっているのが分かってなんだかくすぐったい。
さっきまでの恐怖はもうどこかへ行ってしまい、すぐ眠りにつくことができそうだった。

「ありがとう。おやすみ」
「おう」
「あ、電気は消さないでね!」
「分かった分かった」







翌、早朝。
早めにかけておいたアラームで目を覚ませば、隣にはまだ岩泉がいて…

「…あれ、なんでいるの?」
「…俺も寝てたみたいだ…」

2人で顔を青くして、慌てて布団から飛び出す。
岩泉は他のメンバーが起きる前に部屋に戻ると、急いで出て行った。
お互いぐっすり寝てしまった事実に焦るやら可笑しいやら複雑な気分だ。
ただ布団に残されたぬくもりは、今日1日の私を幸せにするだろうと確信した。







「ネーネー、岩泉くんったら朝帰りしてたわよ」
「やぁだ!いーやーらーしー」
「どこ行ってたのかしらね???」

早朝に岩泉が戻ってきたところを見ていた松川とそれに便乗した花巻が、私にだけ聞こえるようにコソコソふざけるのはもう少し後のこと。



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