旦那と俺がまだケツの青い小学生の頃だ。
旦那は、大将の真似をし「修行だ!」と言って容赦なく俺を殴り飛ばしたり、テレビで見た特撮ヒーローに影響され飛び蹴りをかましてきたやんちゃボウズだった。
それでも。いっちょ前に思春期というものを迎えていた。

夏休みが明けて久しぶりに会ったら声が少しハスキーになっていて声を出しづらそうにしていたことを覚えている。
男女の体格にそう大きな違いはなかったものの、自分とは確かに違う肉体を持った少女に拙いながらも欲情していたように思う。

水泳の授業中、スクール水着を着て濡れている少女を見て指を指し「は、はれんちでござる!」と言っていたアレには手を叩いて笑った。

まあ、ある程度発達して胸がちんまり膨らんでいた少女もいたし、水着姿に反応するのは分かる。バカだとは思うけど。
ホント旦那はどこまでも飽きないヤツだった。
だからだろうか。
暑苦しい男だけどなんだかんだで一緒にいることが多かった。

だが、中学、高校と成長すると次第に、共に成長していく女子生徒への関心はすっぽり抜け落ちていった。あれだけムッツリ助平野郎だったくせに。
つまらないなと始めこそ思ったが、多感な時期の所為か興味は他にそれてどうでもよくなった。
逆になんであんな事が楽しかったんだと思い返すと欠伸が出る。

そして、あっという間に俺らは高校二年生になった。
なんだかんだで旦那とは今も友好関係にある故に、幼なじみという間柄として端からも認識されていた。
高校に通う生徒が生活するためにある寮のアパートの一室をシェアして男臭い生活を送っている。
因みに、今も旦那に女の影など無く、「気になる女の子とかいないの?」と聞けば「いない」と即答する。

朝早くに起きてランニングして、学校では生真面目に勉強、そして御館様と殴り合い。
旦那みたいな熱血人生は送りたくないね。

そんなことを考えながら、足の低いテーブルに頬杖をついて、ぼーっとテレビを観ていると、玄関の方からカギを回す音が聞こえてきた。

どこに行ってきたかは知らないけど、もう帰ってきたのかと、なんとなく憂鬱になった。

別に旦那が嫌いってわけでもないけど、学校は教師や生徒が、寮にいれば旦那がいる。なかなかひとりになる時間が少なく、忙しい。

もう少しひとりの時間がほしいんだよなあ。

そういえば、前にこんなようなことを鬼の旦那と風来坊に話したら、主婦みてぇと笑われたことがあったな。
誰が主婦だチクショウ。

「佐助ェ!帰ったぞ!今すぐに菓子を出せ!」
「ただいまっ!」

「おか…え、りィっ!?」

休日、特にすることもなくボーっとテレビを観ていると玄関とドアが開く音がした。
旦那が部屋に顔を出したところまではよかった。
そこまでは。
問題は、「ただいま」と見知らぬ少女があどけない表情で笑っている。
マジで誰。うちにこんな子いたっけ。

「だ、旦那…。なに、その子」
「可愛いだろう。公園で遊んでいた」
「いやいやそうじゃなくて。って…え、待って、なんで公園なんか」

見れば、竹を割って出てきたような幼い少女だった。白いワンピースに、兎のぬいぐるみの形をしたリュックのようなものを背負っている。
その子が、人なつっこくニコニコ笑いながら旦那と手を繋いで「よろしくおねがいします!」とおじぎをする。
状況が分からず戸惑いながらも、とりあえず朧気に返事を返した。

「早くしろ佐助。菓子だ。あと…、何を飲みたいでござるか?」
「んとっ、カルピス!」
「カルピスだ。佐助」
「いや、ないから」

なにこれ。マジで分かんないんだけど。

状況が分からず混乱したまま、旦那に急かされ冷蔵庫の戸を開けた。
中には、水と炭酸飲料、明太子、昼食の炒めしを作った時に余った材料やその他適当な野菜、マヨネーズやドレッシングがある。
あとは、角張った文字で“真田幸村”と蓋に書かれたプリンが2こ。

「ねえ旦那、プリンふたつあるけど」
「む、それは…」
「ぷりんー!」
「…それでいい」

見れば、シンクの流し場で、少女は旦那に抱えられながら手を洗ってる。
あれ兎無くなってると思ったが、リュックは下ろしたようで、壁に添えるように置いてあった。
鼻歌まじりにプリンプリンと口ずさむ楽しげな少女とは裏腹に、旦那はどこか悔恨の面持をして気を落としている。

それらにどう反応したら良いものか、そもそもこの状況はなんなのかと複雑な気持ちを抱えながら、ふたつのプリンを手に取りスプーンを用意した。

「旦那、あいよ」
「馬鹿者」
「は?」
「皿はどうした!」
「……」

プリンとスプーンを2つずつテーブルに置けば、旦那は皿を持って来いとテーブルを叩いた。

「お皿?ぷっちんしていいの?」
「無論でござる。今佐助が持って参る故、座って待つのだ」
「うん!ありがとう、おにいちゃん!」

旦那は少女をテーブルのそばに座らせ、自分もその隣に座った。
横暴な旦那にケチをつけようとしたが、無垢な少女の笑顔に言葉がつまった。
せめて、旦那もこのくらい素直だったら…いや、それはそれでタチが悪いや。

仕方がないかと、棚から白い皿を二枚出し、2人の前に並べ、適当に腰を下ろした。
旦那と少女は、もう既にプリンの蓋をはがし、スタンバっている。

「わあ!ありがとう!上手にできるかな」
「某が代わりに…」
「自分でする!」

少女は、旦那の言葉に返事はするものの、意識はプリンへいってしまっているようで、皿をカップの上に乗せたままひっくり返そうとしている。

「気をつけてね」
「あいっ」

この子はいくつだろう。見たかんじは幼稚園児に見えるけど。
見覚えはないが、近所の子だろうか。

一応、クソ真面目な旦那は、世間受けがいい。
だから、ご近所さんに頼まれてお子さんを与ってきたとかは考えられなくはない…が、この状況って端から見れば誘拐なんだけど大丈夫なの。
とにかく、旦那に問いただそうと、少女の隣でプリンをつつく旦那を見た。
ってか、皿使ってないし。

「で、この子なんなの」
「ひとりで公園にいた」
「さっき聞い…」
「お腹がすいていると言う故、なら某と一緒に来てくれるなら美味しいものをやると言ったらついてきた」
「……それって…」

誘拐じゃん!!
どうすんのこれ!まずいよ!
何優雅にプリン食ってんだよお前!

気づきたくなかった、事の大きさに頭を抱えた。なんでそんなことしたんだ。
昔から頭のネジが1、2本飛んでる奴だとは思ってはいたがここまでぶっ飛んでるとは思わなかった。
しかもこの子攫って何がしたいのか分からない。いろいろ言いたいことはあるが、とにかく、この子帰さなければいけない。考えるよりそれが先だ。
幸い、陽は傾いてはいるものの外はまだ明るい。
今なら間に合う。
が、少女が家に帰ってから少女の家族に「知らないお兄ちゃんの家に行った」なんてことが知れ渡ったら、かなりまずい。

「あ、できたー!」
「む、上手にござる!」
「ありがとう!お兄ちゃんはプリン食べないの?」
「…え?」

本当にこれからどうしよう、少女にはとりあえず家族には言わないよう約束してもらうかと考えていると、少女が不意に声をかけてきた。
ハッとしてそちらを見ると、不思議そうに少女がこちらを見ている。

「あ、ああ。俺様甘いのあんま好きじゃないし」
「そうなの?わたしのおにいちゃんと一緒だね」
「兄上がいらっしゃったのか」
「そうだよ。あっ!」

少女はスプーンでプリンを掬う手を止め、唐突に立ち上がった。

「そういえば今日は、おにいちゃんが公園にむかえにきてくれるんだった!」
「ならば、挨拶をせねばな」

そう言って、少女と同じように旦那も立ち上がった。
見れば、目を据わらせ手首や首をゴキゴキと鳴らしている。
いや、なにしてるの。
挨拶って感じじゃないんだけど。

「俺から彼女を拐かそうとする者は手厚いご挨拶が必要だ」
「いやいや、拐かしてんのアンタだから!」
「何を言っている!この子は俺について来てくれると言った!一生!現に今ここに俺と共にいるではないか!」
「何言ってんだ勘違い野郎!そういう意味じゃないから!プリンにつられただけだろ!」
「プリンとは言っていない!」

ダメだ。コイツどうにも出来そうにない。
とにかく、少女にとって旦那は危険だ。
旦那から遠ざける意味でも、一刻も早くこの子を帰さなければ。そんな使命感に駆られた。
なんでこんなこと考えてるんだろうか、分からない。分かりたくもない。旦那がペドとか俺様分かんない。
成長するにつれて女の子に興味なくしたんじゃなくて、周りの女の子が成長したから興味がなくなったなんてまさかそんな。

いや、考えてる暇はない。考えてもしかたない…。

まずは少女と話そうと声をかけようとしたその時、この部屋に似つかわしくないファンシーなメロディーがどこからか…というか兎のリュックから聞こえてくる。
やばい。あれは、少女のものだ。
背中に冷たいイヤな汗が流れる。

「きっと、おにいちゃんだ!」
「なんだと!?」

少女は兎の背中についたファスナーを下ろすと、中から出したのは丸みのある携帯電話だった。
所謂、キッズケータイというやつだ。
やばい。
どんどん首が絞められていくような錯覚を覚え、めまいがしてくる。

「はーい、おにいちゃん?え、いま?」

ダラダラと嫌な汗がブワッと全身の毛穴から吹き出したのが分かった。
どうしたら良いものかと、どう考えても頼りにならない旦那に思わず視線を向ければ、今にも少女に飛びかかるんじゃないかってくらい禍々しい空気を纏わせている。

「いまね、おにいちゃんと一緒にいるよ。…うん、わかった!」

少女は一度耳から携帯電話を離し、俺と旦那に視線を向けた。

「おにいちゃんが、いま一緒にいるひとにかわれって!」
「なら某が!」
「い、いや、おれ!俺様が出るよ!」

旦那が少女から携帯電話を受け取ろうとしたので、慌てて少女の手から無理やり引ったくる。
相手は子供とか乱暴とか考えている余裕もなかった。

「は、」
『貴様か!私の妹を攫った輩は!!』
「とととんでもない!これにはわ、け…ん?この声」
『貴様、私の妹を攫ったからにはそれ相応の覚悟があるのだろうな!!今すぐその首を差し出せ!』

この怒鳴り声に、聞き覚えがあった。
そう、なんかこう、学校で聞こえてくる気がする。

「む?その声は石田殿ではないか?」

いつの間にかウォーミングアップを始めていた旦那はピタリと動きを止め顔を上げた。

「おにいちゃん、みつなりおにいちゃん知ってるの?」
「同じ学校の生徒にござる。クラスも同じだ」
「へえ〜」

気づけば、少女はまた座ってプリンを食べていた。
今更だけど、なんでこの子こんなにのんびりしてんだろ。
こっちは汗ダラダラだっていうのに2人してなんでこうも落ち着いていられるんだ。

どうしたものかと、電話越しに聞こえてくる怒声に頭を悩ませていると、荒々しく通話が切られる音がした。
え、なに。
ツーツーと無機質な音がしたかと思えば、直ぐに玄関の方から呼鈴の音が鳴った。
イヤな予感がして動けないでいると、何度も繰り返し鳴らされながら扉をガンガンと叩くような音に、カンカンに怒りに燃えた石田の旦那の姿が脳裏を掠める。
よ、呼ばれてる。

「おきゃくさん?」

「おい!開けろ!!今すぐ殺してやる」

「今すぐに」

何度も鳴らされる呼鈴、扉をガンガンと何で殴ってるんだと畏怖してしまうような音に怒声が加わわり、再び目を据わらせた旦那が玄関へ向かうのを見て、こりゃどうにもならんと悟り白目を向いた。

「おにいちゃんプリン食べる〜?」
「うん…そうしよっかな…」

俺、これからどうなんのかな…。





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