庇護欲をそそられる愛らしい鳴き声を上げる一匹の猫を見て、むすっと頬を膨らませた。
晋助に布団を温めておけと事もなげに言われてしまい、気もそぞろに彼の私室を訪れたのも束の間、部屋の中央に敷いてある布団の上には先客がいた。白黒の毛が体中に生えている、三角の耳で尻尾が長い小動物。まごうことなき猫である。毛むくじゃらの体をごろごろと転がして布団に擦りつけ、我が物顔で悠々と寛いでいる。
いつもの私なら可愛いと手放しで称賛して骨抜きになっていたことだろう。ここが高杉晋助の部屋で、あまつさえ猫のいる場所が彼の布団の上でなければ。
猫が甘えたような鳴き声を出すたびに、私の眉間には深々と皺が刻まれていく。可愛さどころか一種の憎らしさすら感じられるのは、まるで「お前の席ねーから!」とばかりに私の居場所に図々しく居座っているような気がするからで。小動物を相手に何を馬鹿なことを、と思いつつその姿をいくら睨みつけたとしても奪われた居場所を譲られることはなかった。
布団の上に横たわる猫。畳の上で正座している私。無意味で一方的な睨み合いを始めて早数分、背後から降ってきた呆れ返った声にふと我に返る。

「何やってんだ?」
「……何でもない」
「何でもねえこたァねえだろうよ」

いつの間にか部屋に入ってきた晋助が私の横を通り抜け、猫を避けるように布団の上に座った。その一連の衝撃で、白黒の猫は起き上がる。ぴくぴくと三角の耳を小刻みに動かし、立て膝で無防備な彼の足元へ誘われるままに寄っていく。そして。ごろごろと喉を鳴らしながら顔や体、さらには尻尾を擦りつける様子に、私はいよいよ黙っていられなくなってしまう。
悋気や妬心にも満たない子供染みた感情に動かされている自覚はあった。こちらからの不躾なまでの鋭い眼差しなど意に介さない様子で、晋助は薄っすらと口端に笑みをかたち作ってさえいた。

「晋助が拾ったの? この子」
「まさか。港に停泊したときに紛れ込んだんだろ」
「野良ってこと? それにしては人慣れしてるけど……」

ちら、と再度猫に視線を向けると、にゃあんと愛らしい鳴き声が返ってくる。偶然といえば偶然に違いないのに、リアクションのタイミングがあからさまだったものだから。

「……むかつく」
「は、猫に妬くくらいの可愛げがあったとは驚きだねェ」
「だって今日は……晋助がせっかく……」
「俺ァてっきり振られちまったんだと思って、こいつの相手でもしようとしてたんだがな」
「べ、別に振ってないじゃない……!」
「誘い文句に乗っかられなかった時点で、袖にされたようなもんだ」

猫にされるがままだった晋助が、言葉通りにその小さな頭を撫で始める。
確かに、布団を温めておけと言われたのに応えられなかったのは他の誰でもない私だが、それにしても一匹の猫に遅れを取ることになるなんて想像すらしなかった。たかが猫、されど猫。この子がいなかったら晋助の手に触れられたのは私だったのかもしれないと思うと、もう我慢なんて出来そうになかった。
晋助の足にじゃれつく猫を引き剥がして抱え込み、強引に部屋の隅へと追いやってしまう。にゃおんと少々怒ったような鳴き声を上げる猫の相手もそこそこに、手持ち無沙汰になった手のひらを自分の頬へ誘導したかと思えば、怪訝そうに瞬いた隻眼と視線がぶつかった。

「! ……おい、ナマエ」
「に……にゃあ」

苦渋の選択の末の一言だった。不本意この上ない。
晋助の布団を温めていたのが猫だったのなら、私もいっそのことそうなってしまえばいいという単純で明快な考えである。ただし、頭のネジが二・三本は外れているが。
さすがの晋助もこれは想定の範囲外だったらしい。実際はたかだか数秒程度の筈の、私にとっては長い沈黙。ふっと息を吐いたのを皮切りに喉の奥をくつくつと鳴らし、挙句の果てに両肩をふるふると震わせ始めた晋助に、かあっと瞬間沸騰したように熱が顔に集中する。

「ちょっと! 笑うことないでしょ!」
「お前にしちゃ随分短絡的だと思ってな。……まあ、そんなに必死になって貰えるたァ男冥利に尽きる」

添えられたままだった手が、猫を撫でたとき以上に優しい手つきで頬を擽った。輪郭をなぞって、耳朶を撫でて。やがて項に触れられてから首裏に回された腕が少しずつ私の身体を引き倒そうとするものだから、手向かうこともせずに身を委ねてしまった。
布団の上へ倒れ込む前の一瞬、視界の端に、ぴんと伸びた黒くて長い尻尾が見えた。部屋の片隅に追いやられた猫が、こちらへの興味を失ったように一心に毛づくろいをしている。一方的とはいえ散々振り回された白黒の猫に、優越感と共に心の中で語りかけた。
ごめんね。ここは私が占有しているのよ。

御立派な猫を御召しになって
21'0610

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