幼馴染みの女の子は庇護の対象になるのかと問うた事がある。
急に何を言うんだと顔を顰める秀次を宥めながら先を促せば、渋々ながら答えを口にした。ぶつぶつと文句や言い訳のような言葉も混じっていたのだけれど、端的に言うのならそれは「YES」だった。
視線が一度も合わなかったのは彼なりの羞恥なのか、それとも遣る瀬無さなのか。あいつは鈍臭いから、危なっかしいから。秀次が評する「あいつ」がボーダー内では人一倍、気配り上手の世渡り上手だと陰ながら噂されている事を知っているのだろうか。素直に認めるとは微塵も思わなかったオレはちょっとだけ裏切られたような、呆気に取られたような、複雑な心境だった。
じゃあ次の質問、と人差し指を見せ付けるように立てたのなら、今度は眉間に皺を寄せる行為すら省略され、秀次は我関せずと先を歩き出す。追い掛けながら「あと一個だけだから! 頼む!」と手を合わせれば、溜め息と共に足を止めた。三輪秀次という人間は、本当に損をするタイプの人間だ。早く言えと言わんばかりに今度は真っ直ぐにオレを見る秀次の奥に、ひとりの女の子を思い浮かべる。秀次の幼馴染みの女の子――ミョウジナマエ。
なあ秀次。ナマエちゃんのこと好き?
先と同じ声の調子のまま問うたのなら、そのときの秀次の顔は、それはそれは傑作だった。





会議に出ると無表情のまま告げた秀次は、宣言通りボーダーの隊服へ着替えた後に姿を消した。出席を強要されているような議題では恐らくないだろうに、真面目な秀次は基本的に先輩や上官に言われるままだ。秀次の真っ直ぐな性格は真っ先に損をするタイプなのだろうと心の底から思う。
ナマエちゃんのことを好きか問うた日から二週間が経った。秀次は質問そのものを聞かなかった、或いは無かったかのように、オレに接するときの態度を変えることはなかった。当然ながら、質問は未回答のままだった。
なあ秀次、本当に良いのか? いっそ「俺のだから手を出すな」くらい言った方がオレも諦めが付くんだぞ?
心の中では好き勝手に吐き出す言葉を、実際に口にすることはない。何度もチャンスを与え続けたというのに、悉く無視したのは秀次なのだから、オレはその曖昧な彼の態度に甘えている。
不用意に名前を呼ぶ。細い腕に触れる。冗談に笑い合う。以前よりも明らかにちょっかいを掛ける頻度が増えたオレに対して、秀次は何も言わない。遠慮なのか、意地なのかは分からない。件の質問はオレの妄想だったのだろうかと疑う程、秀次は前と何も変わらなかった。
秀次は会議中、奈良坂と古寺は学校の補講、月見さんは――さすがに分からない。しかしながら、隊員の殆どが居ない現状をどうしたものだろうかと考えながら、適当な飲み物を買うべく財布から小銭を漁るオレの耳に、「陽介くーん」と間延びした柔らかい声が聞こえた。瞬時に誰か判別し、財布を不格好のままポケットに突っ込み、自然を装いながら振り向いた。多少、見苦しい動作になってしまうのはご愛嬌だ。
ナマエちゃんと名前を呼んだのなら、ふわりと花咲くように笑った。大きな瞳を瞬かせながら、ナマエちゃんは走った直後の呼吸を整えるように深呼吸をひとつ。その瑞々しい唇がオレの名前を呼ぶ。勝ち目のない恋敵の名前を呼ぶ。

「陽介くん、秀次が何処にいるのか知らない?」
「あー残念。秀次ならさっき会議に行ったとこ」
「……タイミング悪いなあ、もう」

挨拶もそこそこに口を開けば秀次、二言目には秀次。分かり切っている事実とは言え、毎度のことながら拷問のようだと思う。オレ――米屋陽介には興味がありません、と間接的に言われている錯覚を振り払うように「何持ってんの?」と話題を逸らそうとするのだけれど、それはオレにとっての地雷だったことを思い出し、失敗したと口元を引き攣らせた。ナマエちゃんが大切そうに抱えている紙袋。その中身が何なのか、オレは嫌という程よく知っている。
ナマエちゃんが秀次を探す理由。幼馴染みながらも甲斐甲斐しく世話を焼いているらしいナマエちゃんは、秀次のためにいつも料理を作る。握り飯のときもあれば、夕食のおかず用に一品を拵えるときもある。前に紙袋の中身を拝見させて貰ったのだけれど、料理は専門外のオレからすればプロ顔負けの出来栄えだった。オレの好きな女の子と幼馴染み、更に手料理を食べているらしい秀次への羨ましいという感情はとっくの昔にメーターを振り切った。いっそ憎々しい。
「今日はポテトサラダでーす」とナマエちゃんは抱えていた紙袋をオレの眼前まで持ち上げる。当然ながら中身は窺い知れない。しかしながら、ナマエちゃんの満面の笑みから察するに今日の出来栄えも上々のようだ。例え中身が見えなくても、万が一そのポテトサラダが不味くても、オレが言う台詞は決まっているのだから、何の問題もない。

「ほんと、秀次が羨ましいや」
「……本人は羨ましがられるような状況だと思わないよ、きっと」
「なんで?」
「一度も『美味しい』って言われたことないんだもん」

ねえ陽介くん、酷いと思わない?
軽い冗談を口にするかのように笑うナマエちゃんに、オレは言葉を失った。「秀次ひっでー」と流すように、揶揄するように、口から吐かれる筈だった台詞は喉を震わせるには至らなかった。なんだかんだ秀次がナマエちゃんに甘いことは事実として認めていたものだから、あまりの衝撃に驚きを隠せなかったのだ。
秀次が云々より、オレが沈黙したことに驚いたらしいナマエちゃんは慌てたようにわたわたと手を振った。「そっそんなに深刻なことじゃないよ。それに――」続いた言葉に、オレは今度こそ息が止まった。

「二週間前くらいに、秀次が『明日も作れよ』って言ってくれたんだ」

いつもは何も言われないから嬉しかった、思わず作ったサンドイッチ落としそうになっちゃった、エトセトラ。心地良かった筈の声が遠ざかる。ナマエちゃんの言葉は最早オレの脳内には入らず、右から左へと抜けて行く。
二週間前。その日付に込められた本当の意味は恐らく、オレと秀次にしか理解できない。曖昧な優しさは、要は遠回しの牽制だったのだ。
ほうら、やっぱりそうじゃないか。オレの出る幕は、既に閉ざされていた。

恋愛方程式のすゝめ
16'0101

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