三輪くん。
甘ったるい声が廊下に響き渡った直後、予想通り、背中に衝撃と柔らかい感触。自身が女最大の武器だと豪語する「それ」を惜し気もなく三輪に押し付けながら、美しく整えられた指先は、鎖骨の辺りを深く交差する。いわゆる、背後から抱き付かれたような状態だった。何が楽しいのか三輪にはさっぱり分からないが、出会い頭に三輪を抱擁した人物は、ご機嫌に鼻歌なんぞ歌っている。
ナマエさん。
鬱陶しいと言わんばかりの溜め息を吐きながら名前を呼ぶと「三輪くんおはよう」と場違いな挨拶を返された。毎度の事ながら、三輪の先輩相手とは思えない露骨な態度は特別、意に介さないらしい。
三輪の肩を流れるようにナマエの黒髪が舞った。滑らかな、艶やかな、真っ黒な髪の毛は一瞬、三輪自身の髪と混ざり合うような錯覚を起こすくらいに、髪質が良く似ていた。赤の他人とは思えないくらいに。
ぞわり。思い至った思考に鳥肌が立つ。同時に、自分自身を殴り飛ばしたくなる衝動に襲われる。その感情を表に出すことはしなかったが、三輪は乱暴に組まれた腕を解き、服の皺を伸ばすようにナマエが触れていた部分を軽く払った。
相変わらず酷いなあ。言いながら、これっぽっちも思わないように笑うナマエの言葉を当然のように黙殺しようとするが、それは叶わなかった。いつの間に回り込んだのだろう。今にも鼻先が触れ合いそうな、正面の至近距離。思わず身を引こうとする三輪よりも早く、指先が肩に触れる。学生服の上から突き立てられた爪が、関節に食い込んだ。
瑞々しい唇が、笑う。

「三輪くんはわたしの『お気に入り』だから、誰にもあげない」

ナマエがもしも普通の女だったのなら。三輪がもしも普通の男だったのなら。
発せられた言葉は恋人のかわいい独占欲。或いは嫉妬。そんなところなのだろう。しかしながら三輪は、ナマエの言葉の真意を知っていた。そんな在り来りな生易しい理由では到底、理解するには及ばない、おぞましい真実を知っていた。

「いい加減にしてください。俺は、あんたの弟の代わりには……」
「なあにそれ。今更でしょう?」

微かに震える三輪の声を嘲笑うようにナマエは笑った。真っ黒な髪を愛しそうに梳きながら、三輪の瞳の奥にうっとりと誰かを重ねながら、ナマエは笑った。

「お互い様なんだから」

うつくしい地獄
15'0515

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