またね。言葉の通り次の日には会えると勝手に考えていた羽風の独り善がりな思考とは裏腹に、翌日から三日間ほど雨が降り続いた。
起床直後、窓を打つ雨音に溜め息を吐き、朝食を食べながら眺めた週間天気予報に肩を落とす。暫く太陽との会合は無理そうだ。ずらりと並ぶ傘マークが画面を埋め尽くしていた。更には、外へ一歩踏み出したのなら、肌に絡み付くような蒸し暑さと篭るような湿った匂いが不快指数を上げていく。
だから梅雨は嫌いなんだ。羽風が分厚い雲を睨み付けながら何度目なのか分からない溜め息を吐くと、背後から「くっくっく」と独特な笑い声が聞こえてくる。古風と言うよりも古臭い芝居染みた喋り方をする声の持ち主を、羽風はとてもよく知っていた。

「随分と憂鬱そうな顔をしておるのう」
「そういう朔間さんは夜じゃないのに元気そうだね。なに? 俺に用事?」
「いやなに。いつもはさっさと帰ってしまう薫くんが深刻そうに窓の外を見ているものじゃから、少しばかり気になったんじゃよ。そんなに雨は嫌いか?」
「……嫌い、かなあ。今はね」

朔間零――所属するアイドルユニット「UNDEAD」のリーダーからの詮索するような視線を受け流すように再度、羽風は窓の外へと視点を戻す。彼が日没前に軽音部部室の外を出歩くとは珍しい。自身を吸血鬼と自称する零は、基本的に部室へ持ち込んだ棺桶の中で過ごしている。アイドルとはいえ高校生なのだから授業に出席しなければ単位を落とし、更に一年留年してしまう可能性もあると思うのだが、実際のところはクラスが違う羽風には知る由もないし、興味もない。
面倒な人に見付かったというのが正直な気持ちだった。確かにユニットの活動は休みだった筈だ。練習は兎も角、仕事をサボると口煩く吠える後輩が居るから間違いない。軽音部の活動も今日は休みなのだろうか。基本的に他人――特に男への関心が薄いことは自覚している羽風だったが、こういうときばかりは多少把握していた方が良かったと身勝手に思う。

「天の川の向こうに居る織姫に会えないのがそんなにも寂しいのかえ?」
「朔間さんそれどういう――」

こと?
続く言葉は喉を通らなかった。振り返ると教室の出入り口に居た筈の零が、羽風の背後に立っていた。思いの外の距離に驚き、勢い良く立ち上がれば、ガタンと大きな音を鳴らしながら椅子が転がった。急に立つと危ないぞい。言いながら椅子を持ち上げ、羽風の代わりに腰掛ける零を見て、羽風はひさしぶりに目の前の男を恐ろしく思った。
浮世離れした雰囲気と容姿。夜闇に爛々と光る真っ赤な瞳は、愛し子を見るように細められている。部活やユニットの後輩たちは兎も角、自分がその対象になるのは御免だし、心の底から遠慮したいと思うのに。強く言い出せないのは、羽風が零のことを少なからず畏敬の対象だと認めているからなのかもしれない。

「……会いたいのは織姫より人魚姫かも」
「ほう? 薫くんがひとりに恋い焦がれるのは意外じゃのう」

意外だと言いながら納得したように瞳を伏せるのは止めてくれ。くつくつと笑う零に羽風は溜め息を吐き、「来週の練習はちゃんと出るから」と言い残し、必要以上の詮索をされる前にさっさと教室から退散することにした。
薫くん。廊下へ出る直前、呼び止められ振り返る。零はとても楽しそうに笑っていた。

「溺れぬよう気を付けろよ」
「はいはい。ご忠告痛み入るよ」

どちらかと言えば忠告より激励をされた気分だった。確かに数日、雨が降り続き、三日前に海で出会った女の子に会う機会を失い、気落ちしていた。会いたいとは思った。もともと近いうちに会えると勝手に解釈していたものだから、余計に気持ちが加速したのかもしれない。それを一年に一度の逢瀬に例えられるとは思わなかったのだけれど。
靴を履き、外へ出るといつの間にか雨が止んでいた。零からの激励の直後、降り続いた雨が止まったことを何故か無関係とは思えず、羽風は口元を緩ませる。有り得ないと分かっているのに、期待してしまう自分が居た。
教室を見上げると、自称吸血鬼の姿は既に消えていた。

Ghost of a siren
16'0627

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