あ、やべ。やりすぎた。
快楽と情欲を孕んでいた瞳から段々と熱が失われていき、かと思えば怒気にも似た感情がふつふつと煮え滾っているのを認めたと同時、銀時は脂汗を滲ませて顔を引き攣らせた。
事後特有の倦怠感などではなく、別の意味で胃が痛むのを感じながら、指先で摘まんだままだった行為の残骸を結んで包んでベッドサイドにあるゴミ箱へ捨てる。ふと覗き込んでみると底が見えない程度にはティッシュが小箱を埋め尽くしていて、ナマエへの申し訳なさと一緒に確かな多幸感が胸を満たしていった。
正確な数は覚えていない。避妊具を毎回使用していたのかさえ曖昧で、一心不乱に求めて抱いた。

「ぎんとき」

髪の隙間から視線を向けてくるだけだったナマエが、真顔でこちらを見つめている。
お互いの体液とキスマークに塗れた白く細い肢体、ぐちゃぐちゃになった皺だらけのシーツ、それから渇いた口から漏れるひゅうひゅうと乱れた呼吸音。正直なところそれだけの絵面で銀時には生唾ものだったが、これ以上の反感を買うのは御免なので大人しく言葉の続きを待った。

「……お水ちょうだい」
「はいはい」

苛立ちを隠すことなく不機嫌そうな声色でそう言って、ナマエはのろのろと起き上がる。途端に、辛うじてシーツに包み隠されていた股座が堂々と晒されたものだから、銀時は「んん」と喉の奥で呻った。
もしも欲望のまま、やわらかい肌に歯を立てていたのなら。或いは、拒まれないのを良いことに行為を続行していたのなら。ナマエは今みたいになあなあで許してくれるのだろうか。銀時の感情を一つ残らず受け入れてくれるのだろうか。――それとも。
銀時は備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、蓋を開けてナマエに手渡した。でき得る限りの優しい声色と態度で、満身創痍の彼女に接することに努めて。

「飲める?」
「ん……平気」
「いやあ抜かずの三発やれるたァ俺もまだまだ若――ゲホゴホガホッ!」
「黙って」

行為直後の恋人を存分に甘やかす、という世のカップルの大半は経験があることすら、銀時の余計な一言の前では無意味らしい。容赦なく口に突っ込まれたペットボトルに危うく溺れかけてしまった。
あらかじめ失言を予想していたのか、もしくは瞬間的な反応だったのか。抜群のタイミングで銀時を黙らせたナマエは、半分以下になったペットボトルの水を飲み干すと、床に散らばった下着や衣服を踏みつけながら空の容器をゴミ箱に捨てた。と、いつの間にか濁った白い液体が太腿を伝っていて、やっぱりゴム付けてねェじゃん、と銀時が天を仰いで嘆くのも余所に、当人は真顔のままティッシュで早々にそれを拭き取っていた。情緒も何もあったもんじゃない。

「……お前さ、もうちょい恥じらいとかそういう可愛らしーもん持ってねェの?」
「なあに? 私に『やだ坂田くんってば〜こっち見ないでエッチ〜』とか言って欲しいの」
「…………坂田くんは正直ちょっとキた。もう一回言って」

坂田くんの馬鹿。呆れて彼女が笑う。
赤い瞳が、じい、とその表情を見る。ずっとそうだった。生々しく淫靡な雰囲気よりも、艶めかしく肉体的な肢体よりも。銀時の心を揺さぶって突き動かして、掴んで一時も放してくれないのは、いつもナマエの笑顔だった。

「あのさァ」
「今度は何よ」
「真っ裸のお前見てたら銀さんの銀さん勃っちまったんだけど、良かったらシャワー前にもう一発どうかなーなんて……」
「…………」
「いや嘘、調子に乗ったごめんなさい、嘘です、後生だからパンツだけ貸して……っ、え?」

とうとう我慢できず零してしまった本音に、平身低頭して許しを乞おうとした瞬間だった。バスルームに向かっていたナマエが体を反転させてこちらへ歩み寄ってきたかと思えば、肩に小さな衝撃が走って、ベッドの上に転がされて。銀時がぱちぱちと目を瞬かせている間に、ナマエは馬乗りになって間抜けな男を見下ろした。

「え、えっ? どうしたのどっかでスイッチ入った?」
「どうせパンツ貸したら抜くつもりでしょ」
「まーそりゃあな……勃っちまったし……」
「今まで散々付き合ってあげたのに、今さら一人でさせるとでも思ってるの?」

ほんの数分前まで背を丸めてベッドに横たわっていたとは思えないナマエの口説き文句に、銀時はやべェ女、と言って笑った。

「そういうのどこで覚えてくんの? 男前すぎない?」
「……うるさいな、黙って喘いでて」

額に、頬に、首に、触れるだけの口付けを落として、段々と唇が下へ降りていく。威勢よく大見得を切ったもののナマエの脚が震えていることに気づき、残り少ない体力に負けて倒れてしまわないように、後頭部にそっと手を回してみる。その一瞬、目が合った。しかし、次の瞬間には目線は再び下を向いて、ナマエは行為を続けるように銀時の股間に顔をうずめた。

乙女、真骨頂
21'0722

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