「団長さんとお買い物?」

聞いた言葉をそのまま復唱すれば、ルリアちゃんが満面の笑みを浮かべながら頷いた。
と或る昼下がりの騎空艇・グランサイファー。艇の整備、食糧の調達、その他諸々のため、道すがらの島に上陸し、暫くの休息を取ることになった。明日の出発まで自由に過ごしてくれと団長から告げられた団員たちは、各々が好きなように自由時間を過ごしている。
特にやりたいことが思い浮かばなかったわたしは、読み掛けの本を片付けてしまおうと自室に戻る途中、ルリアちゃんに呼び止められ、「グランがお買い物に付き合って欲しいそうです」と言われた。グランは団長の名前だ。つまり、わたしは団長さんに買い物に誘われているらしい。
ルリアちゃんが指差す先を見ると、団長さんが艇を降りたところにひとり立っていた。当然のようにわたしが行くことを前提に話を進められている様だ。実際、時間を持て余していたのだから断る理由はない。確かにないのだけど。相変わらず我らが団長さんは、可愛らしい顔に似合わず強引なところがある。
一緒に下船するものだと思っていたルリアちゃんが食堂の方へ踵を返した。「あれ?」という声が出なかった代わりに首を傾げながら今度はわたしがルリアちゃんを呼び止めると、彼女はくるりと軽やかに振り返る。

「ねえ。ルリアちゃんは一緒に行かないの?」
「えっ、私ですか? グランがナマエと一緒に行くって言っていたから、今日はお留守番してます!」
「……そう。じゃあ行ってきます」
「はい! 行ってらっしゃーい!」

不自然だ。ルリアちゃんの代わりにわたしが団長さんと一緒に仲良くお買い物をする。とても不自然だった。
違和感を覚えながら甲板から飛び降りるように団長さんの横に着地すると、目が合った彼に微笑まれる。団長さんは基本的に無口だ。まったく喋らない訳では無いのだけど、ルリアちゃんやビィくんと違い、感情をそのまま口にすることが少ないのだと思う。

「団長さん、何を買うの?」
「とりあえず歩こう。すぐに着くから」
「……ルリアちゃん、団長さんと一緒に出掛けたかったみだいだよ」
「そうか。じゃあ今度はルリアも一緒に行こう」
「…………」

いつもの団長さんだった。声も、横顔も、仕草も。全部いつものグラン団長そのものだった。けれど。

「それで?」
「?」
「本物の団長さんをどこに隠したの? 世紀の大怪盗さん」

そんな見た目に騙される程、わたしと団長さんの付き合いは浅くないんだよ。残念でした。
驚いたような顔をしていた団長さんが瞬きの後、にいと口端を吊り上げる。団長さんの姿のまま世紀の大怪盗さん――シャノワールさんは、お手上げとばかりに手を上げ、高らかに笑い出した。

「……ふ、ふふ。ははははは! さすがナマエだ。いつから私が団長に化けていると気付いた?」
「違和感があったのは最初から。確信を持ったのは今。団長さんはルリアちゃんのこともちゃんと連れて行こうとすると思うよ」
「なるほど。それは勉強不足だった。しかし、ルリアが居ると――」

不意に腕を引かれた。次に視界を手のひらが遮った。優しく瞼を押さえられ、数秒後に離れたときにはマントを翻し、シルクハットを被った「怪盗シャノワール」が居た。早着替えにも程がある御業には感動さえ覚える。
その後は流れるように傾いたわたしの体を受け止め、自然と手が背中に回る。優雅にワルツを踊り出しそうな態勢だった。鼻先が触れ合いそうな至近距離。金髪に目が暗みそう。燻り始めた火が燃え上がるように顔が熱くなった。思わず硬直するわたしを見つめ、シャノワールさんは笑う。

「ナマエとふたりきりになれないだろう? いっそのことナマエを艇から盗んでしまおうかと思ったんだが……」
「そのときはちゃんと予告してくれるの?」
「もちろん。とっておきの香りと共に届けよう」
「……でも無理だよ。だって――」

目と鼻の先にあるシャノワールさんの顔を無遠慮に掴み、何事だろうと瞬く碧い瞳の横の耳元へ唇を寄せた。わたしは意外に負けず嫌いらしい。人伝に何度か聞いた自分の性格をようやく自覚する。
相変わらず心音は早いし、頬も火照っているのだけど。サプライズ好きな大怪盗さんにやられてばかりいるのは少しばかり癪に障るものだから。仕返しと伸ばした手は、思いの外、その勢いのまま無防備な肌に触れた。驚いたのは張本人のわたしも、為すがままのシャノワールさんも同じだったようだ。いつも飄々としたシャノワールさんの耳が、ほんのりと薄桃に色付いている。

「とっくの昔に、わたしはあなたに盗られちゃったから」

だから今度は普通に会いに来てね。
数秒の沈黙の後、小さく吐かれた悪態には気付かない振りをして。早々に姿を消した世紀の大怪盗さん。ひらひらと舞い落ちるトランプは恐らく足跡の代わりなのだろう。不意に鼻腔をくすぐる、手のひらに移ったシャノワールさんの残り香に、わたしはまたひとり赤面する羽目になった。

まやかしのまにまに
16'1128

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