「やあ。みずかみんぐ」
「うわ、出た」

自動販売機の真横に設置された簡易ソファに、顔の整った男が悠々と座っていた。知らぬ存ぜぬを決め込み、面倒事に巻き込まれる前に隊室へ引き篭もろうとしたのだが、さわやかに微笑むその男は甘くなかった。待ちくたびれたと言わんばかりに通路を塞ぐように立った、数メートル先には、我が生駒隊の隊室がある。傍若無人さを欠けらも隠さないところを見るに確信犯だろう。さわやかに見えていた筈の笑顔さえ、胡散臭い。俺も人のことを言えた義理じゃないが、王子一彰という男は、腹の底が読めないタイプの人間だ。
王子隊を前にすると無意識のうちに視線を散らしてしまうのは、一種の病気みたいだと他人事のように思った。恋は盲目。それに伴う他の感情も同じ。恋人という甘ったるい組み合わせが成立しなかった場合も、熱に浮かされた当人は愚行にすら気づかないらしい。男は単純だ。俺自身そんな愚かな真似をする羽目になるとは想像もしなかったのに、簡単に馬鹿を晒してしまった。『あのひと』がいるかもしれないという期待が抑えられず、手前勝手に向こう見ずのまま突っ走る。その結果の間抜けを、王子が見逃してくれる訳がなかった。

「ナマエさんならいないよ」
「なにも言うてへんやんけ」
「視線が探していたから教えたけど、勘違いだったなら謝るよ」
「ええ性格しとるわ、ほんま」

だから苦手やねん。続く言葉は味噌っかすの理性が呑み込んだ。苦虫を噛み潰したような顔をする俺に、王子は変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
俺はナマエさんが好きだった。腹立たしい事この上ないが、王子も同じようにナマエさんが好きらしい。歳は俺たちのひとつ上の大学生。王子隊のオールラウンダー。ぶっちゃけ、俺なんかと比べると同じ隊に所属する王子の方が、随分とアドバンテージが大きいんじゃないかと思う。接点を片手間に数えられる程度の俺は、すれ違い様に挨拶をすれば上出来と言える底辺っぷりなのだから、考え出すと腸が煮え繰り返るばかりだった。自分のことながら、情けなさに頭痛がする。
ガシガシと頭を掻きながらソファに腰を下ろすと、王子も倣うように座った。流れるように組まれた足が、様になり過ぎた結果、嫌味は微塵も感じられない。これだからイケメンは。チームメイトの例の雰囲気イケメンなら、ツッコミの一つや二つ口にしたかもしれないが、王子に対しそれをする義務はないし、変に悪ノリされると面倒臭い。疼き出す関西の血に無視を決め込み、白い手袋に包まれた換装体の手が、会話と共に動くのを半目に眺めた。相変わらず身振り手振りが派手な奴やなあ。

「いまカシオと模擬戦中のはずだから、終わればラウンジに行くんじゃないかな。会いに行くなら、ナマエさんが好きなカフェオレでも差し入れすると良い。ぼくならそうする」
「ご丁寧にどーも」
「みずかみんぐは暇かい? 時間があるなら一戦だけ付き合ってくれないかな」
「はあ。ナマエさんのためにカフェオレ買いに行け言うたの王子やろ」
「すぐに終わらせるよ」
「どういう意味やねん」

王子は隙があれば模擬戦を申し込んでくる。唐突に、会話の脈絡もなく。俺が意図を掴みあぐねていることが分かったのだろう、「深い意味はないよ」と先手を打たれる。嘘をつけ。頑丈な石橋を叩き、アステロイドを撃ち込み、他人を渡らせ、安全を確認した後に、ようやく足を踏み入れるような男が何を言うんだ。
ライバルと呼ばれる関係のはずなのに、王子は俺のように出会い頭に嫌そうな顔をすることもないし、同じ組織に所属する最低限のコミュニケーションを面倒臭がることもない。むしろ、アドバイスとも取れる助言を日常会話に折り込むものだから、お互いの胸のうちを吐露したばかりの頃は、甚だ疑問だった。当然ながら、その疑問は現在進行形だ。

「おまえ、ほんまにナマエさんのこと好きなんか」
「みずかみんぐがその質問をするのは二度目だね」
「まどろっこしいのは苦手やねん」
「彼女のことは好きだよ。だからこそ最大の障害になるだろう恋敵のきみのことを知り、対策すべきだとぼくは考えた。なにか問題があるかい?」
「……大有りやろ」

勘弁してくれと両手を挙げ、大仰な溜め息を吐くと、王子は愉快そうに笑った。

「ぼくはいまの三角関係も嫌いじゃないよ」
「アホか」
「え?」
「将棋にはステイルメイトっちゅう便利なもんがないの知っとるやろ」

ほんの一瞬、瞳の奥が揺れた。予想外の言葉に殴られ、呆然としたような王子の顔。模擬戦中にも滅多に見られない、余裕がない年相応のそれだった。常に余裕綽々であらゆる展開を思案し、分岐点を天秤にかける性格だからこそ、意外と王子が素直な感情を出せる奴だということに、今更ながら気がついた。
引き分けなし。正々堂々の一本勝負。恐らく双方とも売られた喧嘩は買う主義だ。少なからず意識せざるを得ない相手からの誘いなら尚更。わざわざ宣告したのだから、知らぬ存ぜぬはもう、赦されない。

「……そうだったね」

読めなかった王子の腹の底が、俺の目の前に晒されている。

Love is blind,Hatred too.
17'0716

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