「なあにそれ」
「ええもん」

おれの意地の悪い返答にナマエが首を傾げると、綺麗に結われた毛先がゆらゆら揺れた。ポニーテールと言うらしい。首元がやたら無防備になる、本人は納涼目的と豪語する件の髪型は、夏になると必ず現われる。背を向けられる度に剥き出しのうなじが晒され、後れ毛が汗で張り付き、ナマエの年齢と一致しない色っぽさを孕んでいた。夏へ足を踏み入れたばかりの目新しい変化に思わず、瞬きする。
ちゅうしたいなあ。口には出さなかったが、態度には出ていたらしい。ジッと薄桃の口唇を見つめると、おれの熱っぽい視線を鬱陶しそうに散らしながら、ナマエは「ええもん」と称したビニール袋を引っ手繰った。勢いのまま袋の中を覗き込み、更に首を傾ける。「線香花火?」「おん」ポケットからマッチの箱を取り出しカラカラと鳴らしてみせる。線香花火とマッチ。指差した先には公園。ナマエの不思議そうな顔がみるみるうちに花やいだ。

「勝負しよか」
「言うと思った。負けないよ?」
「やる気満々やん。勝ったらどうする?」
「スタバのフラペチーノ」
「ノった」

公園の片隅に肩を寄せ合い、制服姿のまま、背骨を丸めた高校生ふたりが火遊びに興じるのは、なんとなく「悪いこと」をするような気持ちになった。日の暮れ始めた薄暗い世界の中、おれとナマエの指の先だけが、薄ぼんやりと明るい。
不意に横を見る。線香花火の不安定な灯りに照らされ、小さく突き出された口唇やら、浮かび上がる鎖骨の凸凹が、強烈に焼き付けられる。振り払うように目を閉じても、細く長い息を吐き出しても、目の前の火花と同じように、おれの心臓は抑えようのない感情が燻っている。

「ナマエ」
「な、に…………」

声を食べるように薄桃を覆った。想像よりも柔くて、小さくて、ほのかにメンソレータムの香りがした。流行りのスイーツ系のリップクリームを塗ったら、甘ったるいキスになるんかなあ。どうしようもないことを考えながら口唇を離すと同時に、おれの火花が落ちた。柳に差し掛かったばかりだったのに。
口許を抑えながら必死に動くまいと奮闘したらしいナマエの線香花火は、菊が散るように火が燃え上がっていた。

「……隠岐の唇、熱い」
「ナマエの唇は冷たいなあ」
「隠岐が勝手にやらしい気持ちになるからでしょ」
「いやいや。ナマエにちゅうしたいのはいつもやからこんなもんやろ」
「……あっついわ」

背を向けながら、可愛くない台詞を吐きながら。ナマエの顔が恐らく満更でもないのだろうことを思えば、幾度となく至った結論に落ち着いてしまうのだ。ああ、好きだなあ。

シュガー・オーバー
17'0819

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