以前、湘北バスケ部レギュラーを赤点軍団と揶揄したが、教師から返却された中間テストの点数を見比べながら、他人事じゃないと思った。赤ペンに弾かれた解答と用紙右上に記載された点数。「おお……」と声にならない感嘆を上げ、俺は人知れず絶句した。
赤点と呼ばれるボーダーラインを下回るものこそ少ないが、中々に褒められない点数が並ぶ。次の休みはパチンコに行かず真面目に勉強するかなあ、でも新台入替なんだよなあ……と高校生らしかぬことを考えながら、憂鬱の原因を乱雑に折り畳み、鞄の奥底に突っ込んだ。
相変わらず赤点オンパレードらしい花道が、高宮やチュウに八つ当たりするのを笑い、当然のように巻き込まれ、一段落した頃に恒例となったバスケ部見学に繰り出そうとしたのだが、クラスメイトの男子生徒におずおずと話し掛けられた。「先生が呼んでるよ」と。
呼び出される心当たりがない訳じゃなかった。寧ろ十中八九テストのことに違いない。おとなしく従う素振りを見せる俺をからかう桜木軍団を体育館へ追い払い、職員室の四方八方から突き刺さる教師の視線にうんざりしたと思えば、何故かクラスメイトのナマエちゃんと顔を突き合わせ、勉強会をすることになった。どういうことだ。
教師の呼び出しは案の定、テストのことだった。前回から大幅に点数を落ち込ませた俺に、課題を押し付けるつもりだったらしい。もちろん、説教のオマケ付き。「へーい」と適当な返事をしながら話を聞き流す俺と、徐々に感情がヒートアップする教師の間に入ったのが、日直のナマエちゃんだった。素行の悪い生徒を相手に疲弊した教師は、今回のテストが素晴らしい出来だったらしいナマエちゃんに、「水戸に勉強を教えてやれ」と俺を丸投げし、課題すら手渡すものだから、いつの間にか勉強会の開催が決定した。
ナマエちゃんと俺は教室に戻り、適当な机を向かい合わせに引っ付けた。「水戸くんが職員室に居ると思わなかったからびっくりしちゃった」と言いながら笑うナマエちゃんに、悪戯っぽく「また停学かと思った?」と訊いたのなら、「すぐそういうこと言う。学校はちゃんと来なきゃ駄目だよ」と物怖じせずに言い切った。ナマエちゃんは同性のクラスメイトさえ声を掛けることを躊躇う、俺――水戸洋平が怖くないらしい。彼女曰く、リーゼントは怖くないが、髭面は駄目とのことだった。ドンマイ、チュウ。
ナマエちゃんを前にすると花道の気持ちがよく分かる。花道くらい口下手になる訳じゃないが、乱暴な言葉にならないよう気を付けたり、一言一句さえ聞き逃すまいと耳を澄ませたり。普段の俺からは考えられない。惚れた腫れたは末恐ろしい。
正直、ツイていると思った。落ち着かない俺を余所に、ナマエちゃんは課題を眺めながら、必要そうな教科書を選定しているところだった。教えてくれる気は満々らしい。

「えっと……よろしくお願いします?」
「それ俺の台詞。ナマエちゃんも忙しいだろうに、ほんとごめんな」
「大丈夫。ひとに教えると復習できるから、弟の宿題とかよく見るし」
「へえ。弟が居るんだ」
「可愛いんだよ。でも、あんまり構うと嫌われちゃうから我慢してるの」
「弟くん何歳?」
「中学二年生。二個下だよ」
「ナマエちゃん……ブラコン?」

「そうかも?」と首を傾げる仕草さえ可愛いと思うのだから、重症だ。
早速、慣れ親しんだ日本語にも関わらず赤点を取った古典の課題を睨みつける俺に、ナマエちゃんは当然のように「中間テスト、見せて?」と言った。そりゃそうだ。ひとに見せられるような点数じゃないことに間違いないが、教える相手の実力を知りたいと思うのは当たり前だった。渋々、といった様子の俺の手から皺だらけになったテスト用紙を受け取ると、ナマエちゃんは沈黙の後に言った。

「……十九点」

今回の俺の最低点数だった。

「水戸くん……授業はわりと出てるのに」
「うるせえやい」

机に突っ伏しながらぼやく俺に、ナマエちゃんは気合を入れるように「よし」と呟いた。生半可な気持ちだと如何様にならないくらい酷いらしい。好きな女の子にみっともないところを晒してしまい、情けないやら、恥ずかしいやら。
古典の教科書を開きながら、ナマエちゃんが安心させるように優しく笑い掛ける。

「教えてあげるから、ちゃんと聞いてね」
「はい先生」
「なんでしょう水戸くん」
「今度のテストのご褒美は?」
「……ご褒美? 欲しいの?」

欲しい。断言すれば、ナマエちゃんは『ご褒美』が思い付かなかったらしく、深刻そうに考え込んだ。まさか、俺のテスト用紙を見たときより難しい顔をされるとは思わず、笑い出しそうになる気持ちを抑えながら、助け舟を出す。

「弟くんには? ご褒美あげたりしないの?」
「お菓子つくったりとか、お弁当のハンバーグにチーズ入れたりとか……。高校生の男の子にはちょっと子供っぽいと思うんだ。ジュースとか奢った方がいい?」
「…………いや。俺もそれにしてよ、ご褒美」

不思議そうに首を傾げるナマエちゃんを、頬杖を付きながら見上げた。

「昔から夢だったんだ。好きな子の手作り弁当とか食べるの」
「…………え」
「さあ頑張るぞー」

芯が丸まった鉛筆を手に、分かる解答を片っ端から記入する。圧倒的に分からない問題の方が多いものだから、早々にギブアップしてしまいそうだ。いつもなら。
頬を赤く染めたままのナマエちゃんを見ると、俺は既に『ご褒美』を貰ったような気持ちになった。

怪物にハグして
17'1001

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