あんずさんのこと好きなの?
寺のだだっ広い一室の廊下に面した一畳を陣取り、座禅を組み始めた数分後のことだった。俺と同じように姿勢を正し、足を組み、精神統一をする筈のナマエから突拍子もないことを言われ、盛大に噎せた。驚いた拍子に空気が変なところに入ったらしい。思いのほか咳き込み続ける俺を心配したのだろう、原因を作った張本人のナマエに背中をさすられた。度し難いにも程がある。

「大丈夫?」
「誰のせいだと……」
「敬人が動揺しすぎなの。ねえ本当に? あんずさんのこと好き?」
「……くだらん」

ずれた眼鏡の位置を整えながら目を逸らす俺に、ナマエがジッと疑いの視線を向けたまま距離を詰める。「離れろ」「いや」「むやみやたらに引っ付くな鬱陶しい」「やだ」――延々と続く攻防の末、俺が遂に「英智に言うぞ」と口にするとナマエが地蔵のように動きを止めた。力の抜けた肢体を押しやったのなら、俺とナマエの距離は簡単に広まった。
安堵したような、或いは名残惜しいような。形容し難い気持ちを抱きながら息を吐くと、ナマエが不機嫌だと言わんばかりの大きな溜め息を被せた。俺のこと散々、説教マシーンだと揶揄する癖に、ナマエも大概は嫌味ったらしい女だと思う。

「敬人さあ。わたしが英智のこと好きだと思ってるでしょ」
「違うのか?」
「……くそ鈍感野郎」

「口が悪いぞ」と説教する前に肩を掴まれ、足を払われ、間抜けにも仰向けに倒れた俺の上に馬乗りになるようにナマエが跨った。……口は悪いが、手癖と足癖も相当悪い。
更には頭を打ち、腹からナマエの体重と体温を直に感じてしまい、諸般諸々は俺の理解をとっくに超えてしまった。人間というものは、想定外のことが起こると文字通り絶句するらしい。言葉すら出ない俺に、ナマエが言い放った。

「毎日座禅を組みに来たのは敬人に会うためなんだから、自惚れなさいよ」

喧嘩を売るように言うやつがあるか。ああ本当に度し難い。

ひねくれ美人
17'1001

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