恋人であるナマエの様子が可笑しいことに気づいたのは、帰り道の途中にあるコンビニへ立ち寄ったときだった。
缶ビール、ミックスナッツ、ヨーグルト、コンドーム……と晩酌用の酒とつまみ、そしていつもの購入品を買い物カゴに入れていると、真横からの熱心な視線を感じた。視線を流したのならこちらを見上げていたナマエと目が合って、かと思えば瞬きの後には露骨に目を逸らされてしまい、高杉は丸い頭部と華奢な体を無言のまま見つめてみる。
今朝より幾らか皺が増えたスーツも、日中は邪魔だからと結い上げた髪も。記憶の中にいる普段のナマエと変わりないのに、一粒ピアスの付いた形のいい耳が微かに赤い。
体は正直だ、なんてアダルトビデオに出てきそうな安っぽい言葉が脳裏を過ったものの、紛れもない事実としてナマエは恐らく期待している。実際のところ高杉が視線を感じ始めたのは避妊具を手に取ってからで、それからというもの彼女の瞳が妙に熱っぽくて落ち着きなく泳いでいるのは、一日の大半を共に過ごすパートナーの視点からも一目瞭然だった。
スマホ搭載の電子マネーで手早く会計を済ませ、店員からビニール袋を受け取った高杉は、目に見えて口数が減っていくナマエを連れ立ってコンビニを後にする。都心駅周辺の喧騒は夜になっても静まることなどなく、煌びやかなネオンや摩天楼が騒がしいままだったが、数分ほど闊歩して閑静な住宅街へ入ってしまえば、周囲には人影どころか車の影すらなかった。お互いの革靴とヒールがコンクリートを打ち鳴らす音だけが夜道に響いている。かつかつ、かつかつ。一定速度のリズミカルな足音が止んだのは、賃貸マンションのエレベーターに乗ったときだ。
ふたりきりの、狭く薄暗い密室。エレベーター独特の機械音と湿っぽい匂いに混じって、吐息が漏れる音と仄かな香水の匂いを覚えたとき、高杉は燻ぶっていた火が灯ったのを感じた。
するり、と。無防備に投げ出されていた左手の指を、絡め取るように繋ぐ。

「っ、!」

息を呑んで喉の奥から引き攣った呼吸をするナマエに、笑ってしまいそうになる。あからさまに狼狽えているナマエに構わず、指の腹で愛撫するように丁寧に撫でていると、ぎこちない力加減で握り返されたものだから、高杉は口の端をつり上げて閉じていない側の目を細めた。据え膳食わぬは男の恥だ。
二重ロックを抉じ開ける音と、ドアノブが回る音が耳朶を叩く。我が家の玄関へ入り込んだと同時に肩を抱いて、顎をすくって。ドアが閉まる音を背後に聞きながら「私も待ち切れない」とばかりに主張する、薄く開いた柔らかい唇に噛みついた。
最初から全部を食い尽くす勢いで舌を絡ませ、歯列をなぞり、唾液を流して飲み込ませる。顎をすくっていた手を輪郭を滑るように後頭部へ持っていき、綺麗に結われていた髪をぐちゃぐちゃに乱してやった。
段々と身体中の力を抜いていくナマエに、ちゅ、ちゅ、と短いキスの合間に呼吸させていると、肩を抱いていた方の手からビニール袋が滑り落ち、派手な音を立てて中身が玄関に散乱してしまう。せっかくの缶ビールが駄目になってしまったかもしれない、なんて頭の片隅で考える余裕はあれど実際に拾い上げて確認するような時間さえ惜しい。
不意に鍵をかけていなかったことを思い出し、キスを送りながら後ろ手にドアの鍵を閉めることに苦戦してガチャガチャともたついていると、くい、と少々強引に襟足の髪を引っ張られた。いつの間にか高杉の背に腕を回していたナマエが、甘ったるく蕩けた表情で縋りついてくる。

「たかすぎ、も、早く……っ」
「………………くそ、」

ぶつりと理性の糸の焼き切れる音が聞こえた。こちらが精神的優位性を持っていた筈なのに、ナマエはたったの一言で余裕も思考も矜持も、何もかもを奪い去る。
大理石のタイルの上に転がっている小箱の中にある封を切るまで、あと――。

Light My Fire
21'0722

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -