「降谷さん、起きてくださーい」

ラーメンが伸びちゃいますよと色気のない言葉が続き、デスクに伏せていた体を起こしたのなら、見慣れた顔の女がモコモコと湯気を上げるカップラーメンの上蓋を剥がしていた。
はいどうぞ。割り箸と共に手渡された直後、思い出したようにビニール袋を漁り始め、エナジードリンクとブラックの缶コーヒーがゴロンとデスクに並べられる。意図を察した降谷がジト目で見やると彼女は満面の笑みを浮かべながら「あっごめんなさいミントガムの方が良かったですか?」と言うものだから。本当に良い性格をしていると思う。
誘惑するように唇を突き出し、目を蕩けさせながら続く甘い声は、此処が警察庁のデスクでなければ、頭を小突きたくなることもなかったのに。

「今夜は寝かせませんよ?」
「……女を殴りたくなったのは初めてだよ」
「有能な可愛い部下に暴力を振るおうとする怖い上司は嫌われちゃいますよ」
「俺の可愛い部下には、インスタントのラーメンを食べる上司を差し置いて、自分はデパ地下のカツサンドを食べるような奴は居なかった筈だけど?」
「相変わらず目敏いなあ……。はいはい、どうぞ」

呆れたように溜め息を吐きながらも降谷の分は残していたらしい彼女は、視界から遠ざけるように置かれたもうひとつのビニール袋の中から、食べ掛けのカツサンドを差し出した。
そもそも何故、夜分にデスクで軽食を摂らなければならないのか。端的に言えば、時間がないからだ。降谷は数日後、警察庁から暫く離れることになる。降谷の仕事を引き継ぐことになった部下に碌な説明もしないまま任せることも出来ず、夜な夜な二人掛かりの作業が続いている。
ラーメンを啜りながら分厚いファイルに目を通す降谷を横目に、彼女はキーボードを叩き続ける。薄暗いオフィスにラーメンを啜る音とタイピングする音、そしてマウスのクリック音が響く。
ぽつりと零れた懇願のようなそれを、降谷は聞き逃しそうになった。

「降谷さんは居なくならないでくださいね」

松田さんみたいに。
思わず箸を止めた降谷とは裏腹に、彼女の視線はパソコンのまま、指先を動かし続ける。
丁度一週間前に警察庁を離れると告げ、三日前に引き継ぎをするから夜は残れと命令し、文句ひとつ言わずに付き合ってくれた彼女も本当は不安だったのだと気付かされた。完全に接点がなくなる訳でもなく、離れ離れになる恋人でもないのに、毎日のように顔を突き合わせた降谷に会えなくなることを、寂しいと思ってくれたらしい。

「ナマエさんが俺の帰りをちゃんと待っていてくれたら乗せてあげるよ」
「えっ?」
「乗りたかったんだろう? 俺の車の助手席」
「……約束ですよ、降谷さん」

漸く降谷と視線を合わせた彼女は、嬉しそうに笑った。

たとえば、いつか、もしもの話
18'0630

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