間違えた。反射的にそう思った。
オートロックのドアを開け、パチンと照明のスイッチを押したのなら、部屋の中央には大きなベッドがあった。本来ならば、疲労と眠気を誘うような清潔感のある白いシーツに飛び込みたいところなのに。綺麗に並べられた枕ふたつに、そのベッドが二人用のダブルベッドなのだということを見せつけられる。
「申し訳ございません」と平謝りするホテルのフロントの顔と「今回の仕事はバーボンと組みなさい」と指示したベルモットの言葉を思い出し、深い溜め息が出た。仕事の効率を考慮した結果とは言え、同じホテルの同じ部屋に泊まることさえ断固拒否の姿勢を貫いていたのに。偶々ホテルの残室がダブル一室だったことも、偶々バーボンと組んだときに起こったことも。本当にツイていない。
椅子に腰掛け、呑気に水を呷る童顔の男――バーボンを見ると単なるビジネスパートナーに余計な心配かもしれないと思う一方。万が一、億が一、わたしと彼が「そういうこと」になってしまったのなら。干渉したくない互いの一線を越えてしまったのなら。……ああ、冗談じゃない。
バサバサと乱雑にジャケットを放り投げ、ストッキングを指に引っ掛けながら、同じくネクタイを外しているらしいバーボンに話し掛ける。

「バーボン」
「今は『それ』よりも名前で呼んだ方が良いのでは? ナマエさん」
「…………」
「露骨に嫌そうな顔をされるとさすがの僕も傷付きますよ」
「嘘つきは嫌いなの」

互いの脱衣の音だけが耳に残る。意識するつもりは欠片すらないのに、湧いてしまった頭を冷ますために、バーボンがサイドテーブルに放置した残りの水を飲み干した。ぬるい。空のボトルをゴミ箱へ放り投げながら、同じように微妙な顔をしたバーボンに振り返った。

「それで? あなたはどうするの?」
「どう、とは?」
「わたしはあなたが隣に居ようが気にならないから寝たいなら好きにすれば良い。でもね、手を出すなら無駄に整った顔に穴を空けなきゃいけなくなるから余計なことはしないでくれる?」
「珍しく饒舌なところを見ると本当にお疲れのようですね。ではお言葉に甘えて僕もベッドで寝させてもらいますが、成人した男女が同じベッドで一夜を明かすのに、本当に何もないと――」

ガゴン!! 心にも無いことを口走るバーボンを黙らせるため、踵で椅子の足を蹴り倒すと思いのほか大きな音が出た。
ははは嫌だなあ冗談ですよ。言いながら当然のように軽々と避けた彼は、相変わらずへらへらと笑っていて、避けられたことも胡散臭い笑みも何もかもが腹立たしい。バーボンを相手にするのは時間の無駄だと判断し、欲望に従いさっさと寝ることにする。
懲りずに話し掛けてくるバーボンを完全に無視し、ベッドに横になる。中央に背を向け、シャワーは明日の朝にしようとスマートフォンのアラームを早めに設定し、瞼を閉じた途端に、ギシリともう一人分の体重がベッドに加わった。

「僕は構いませんよ。あなたとそういうことになっても」
「……冗談でしょ」

――今度は冗談じゃないと言ったらどうします?
背後から微かに聞こえた独り言には、聞こえないふりをした。

今宵一夜のハーレキネイド
18'0630

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