「はろろーん」

間の抜けた挨拶と一緒にひらひら手を振るナマエさんを前に、オレは咥えていたゼリー飲料を噴き出しそうになった。オレの失態を笑い飛ばしながら、「びっくりした?」と嫌らしく首を傾げるナマエさんは何故なのか、玲明学園の学制服に身を包んでいる。
意味不明な出来事に頭が混乱する。オレが簡易な昼食片手にパソコンを操作する此処は、玲明学園の教室だ。関係者以外は立入厳禁の区画だ。それなのに何故、部外者のナマエさんがオレの目の前に……? 考え始めると思い至る要因はひとつしか浮かばず、キンキンと耳に残る声が聞こえたような気がした。お姫さまは相変わらずオレをおちょくることが好きらしい。
来客用のスリッパをパタパタ鳴らし、室内を眺め終わったナマエさんは、オレの隣の席に腰を下ろす。「学校が同じだったらたくさん会えるのに。ね?」と慎ましやかな願いを口にするナマエさんに、相槌すら打たずに言葉を詰まらせた。頬が緩みそうになるのを必死に耐える。基本的にはおひいさん――巴日和の天真爛漫を一緒に楽しむ傾向にある癖に、不意にツボを突くような言動をするものだから、オレはふたりに振り回されっ放しだった。
変に集中力を欠いてしまったオレは早々にパソコンの電源を落とし、固まった肩を解すように伸びをする。パキッと小気味いい音が鳴ると「お疲れさま」と言いながら頭をぐりぐり撫でられた。子ども扱いするのは止めてくれと再三ナマエさんには言い続けているのだけど、極上の笑みのままオレに触れてくれる瞬間が好きという自覚もあるものだから、結局は為すがまま。そういえば……、と言葉の後に身を乗り出したナマエさんに思わず瞬く。

「ジュンくん、この後は暇なんでしょ?」
「ナマエさんにスケジュール言いましたっけ」
「ひいちゃんに聞いた」
「はぁ? おひいさん?」
「制服とか諸々、渡されたときに。『今日のジュンくんは午後からオフだからね。存分に遊ぶと良いね!』って」
「……あんたら、仲良過ぎでしょうがよ」

常々の不満が、思わず口を出た。やっちまったと思いながらナマエさんを盗み見ると案の定。にこにこ、もとい、にやにや。効果音が付きそうなくらい清々しい笑顔のナマエさんは、顔を背けるオレを追い掛けるように覗き込む。

「妬いた?」
「あんたのそういうところ、ほんと腹立つんですよねぇ」
「ふふ。嫌いになった?」
「なれたらお姫さまたちの我が儘から解放されますし? 万々歳に違いねぇのに……」

至近距離にあったナマエさんの頬を撫ぜるように手を入れた。玲明学園の制服と教室。非現実的なシチュエーション。諸々の作為的な誘惑が積み重なった結果、意のままに踊らされてしまうのは決定事項らしい。くるくると髪を指に巻きつけるように弄んだ後に覗く耳元に、そうっと口を寄せる。

「ナマエさんのことは手放せないんですよねぇ、オレ」

クローゼットの中のあの子
18'0725

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -