華金と呼ばれる週末の金曜日に、警察学校時代の同期と飲みに出掛けた。午後八時を過ぎた居酒屋の店内は混んでいて、鳴り続ける呼び鈴と右往左往する店員の様子から繁盛していることが分かる。半個室の席に案内された直後、店を選んだ降谷が率先して注文を申し入れると、数分も経たないうちに生ビールとお通しが配膳された。店の混み具合から多少は待たされるだろうと思っていたのだが、有難い限りだ。
乾杯とジョッキを鳴らした後、キンキンに冷えたビールを一気に喉奥へ流し込んだ。ああ、やっぱり仕事終わりの一杯は最高だ、といかにも仕事終わりの日本国民らしい感想を呑み込んで、降谷は同じように幸せそうな表情をするミョウジに向き直る。

「ミョウジと飲みに来るのは久しぶりだな」
「お忙しいものね。降谷警視正様は」
「嫌味か? ……風見がスケジュール管理の出来ない部下が無理をして倒れたと零していたが」
「あらあら誰のことかなあ」

すっとぼけながらにこにこと笑うミョウジに呆れながら、降谷はお通しの冷や奴を食べた。生姜が効いていて美味い。普段は生姜チューブを使いがちだが、生の生姜はやっぱり風味が違う。明日は休みの予定だから駅前のスーパーへ買い出しに行こうと思い至った直後に、注文の品が次々とテーブルに運ばれてきた。
焼き鳥の盛り合わせ、串カツ、枝豆、スライストマト、鱧の天ぷら等々。最後に伝票を置いて行った店員を見送った後、真っ先にねぎまに手を伸ばすミョウジがあまりに想像通りだったものだから、思わず笑いそうになった。昔から味の嗜好は変わらないらしい。
美味しそうにねぎまを食べるミョウジを見る。大きく開いた口。満足そうに緩む頬。ごくごくと嚥下するビールの後に、ふうっと至福の溜め息。食事の様子をジッと見られていることに気付いたミョウジから不満気な視線を向けられ、降谷は肩を竦めた。美味しそうに食べる姿を好んで見てしまうのは、料理を嗜む者の必然なのだと思う。

「せっかくの機会だから、ホテルのディナーを予約しようと思ったんだが……」
「ええ。わたしとそんな色気のあるところに行ってどうするの」
「そう言うと思ったからやめた」
「さすが降谷。ここ、前に風見さんと来たところでしょ?」
「……俺の部下とおまえの上司は案外、お喋りらしいな」
「ふふ。きっと嬉しかったんだよ」
「まあ、それはともかく。美味いだろ? 焼き鳥が売りだが、天ぷらも気に入ってるんだ。食ってみろ」
「いただきまーす」

降谷に勧められるままに鱧の天ぷらを口に運び、美味しいと絶賛するミョウジに、自分が作った訳でもないのに誇らしい気持ちになる。そういえば最後に手料理を振る舞ったのはいつだっただろう、と些細な疑問を考えながら、昔の思い出話に花を咲かせていると――テーブルの上に置かれたスマートフォンが断続的に震えた。電話の着信だ。恐らく仕事のことだろう。思わず口を閉じ、止まる気配のない振動にスマートフォンを睨みつけていると、ミョウジから尤もな指摘が飛んできた。

「電話、出ないの?」
「…………出る」
「酔いが醒めないうちに帰って来てね、ダーリン」
「善処するよ、ハニー」

せめてもの腹癒せにジョッキに残っていたビールを一気飲みする降谷を見て、若いなあと軽口を続けるミョウジに見送られながら、居酒屋を後にする。画面に表示された名前は案の定、『風見』だった。
年下の上司と、上司の同期である部下という絶妙の二人に挟まれている立場の風見には自分の知り得ない苦労が当然、あるのだと思う。しかしそれはそれ、これはこれなのだから、久しぶりの再会を邪魔された機嫌の悪さが言葉の端々に刺々しく出てしまうのは仕方がないことだろう。当の本人は降谷の荒っぽい指示にも模範のような返事を返してくれるのだけど。
あれもこれもと話をすると結局は長電話になっていた。酔いが醒めてしまった降谷が居酒屋に戻ろうと振り返った、瞬間に。背後から伸びてきた手に肩を叩かれる。身を固くし、反射的に飛び退くと、にこにこと楽しそうに笑うミョウジが立っていた。

「終わった?」
「……っ、急に背後に立つな」
「あははは。この後どうする? 二軒目に行く? それともうちに来る?」
「ちょっと待て。会計どうしたんだ、払ったのか?」
「うん」
「悪い。もともと俺が払うつもりだったから出すよ。いくらだった?」
「大丈夫」
「は? なにが」
「今日はわたしの奢りだから、降谷は払っちゃ駄目」
「……おまえな、男に花を持たせろよ」
「やだ。その代わり、明日の朝ごはんは降谷が作ってよ。和食の気分だから、豆腐と油揚げのお味噌汁に――」
「鮭の塩焼き、だし巻き玉子に大根おろし。胡瓜と茄子の浅漬け。食後のデザートにマチェドニア」
「降谷だーいすき!」

勢いのまま降谷の胸へ飛び込んだ酒臭い女を受け止めながら、ハアと溜め息を吐く。酔ってるだろうと聞けば、酔ってないと返事が返ってくる。酔っぱらいは大抵そう主張するものだ。
本当なら、品揃えが豊富な駅前のスーパーへ買い出しに行きたかったところなのだけど。腕時計の針は降谷の考えを一蹴するように深夜の時間帯を指し示すものだから、ミョウジの自宅近くのコンビニへ目的地を変える他なかった。すっかり気分が舞い上がり、鼻歌を歌い出しそうなミョウジに手を引かれ、夜の繁華街を歩く。飲み直す気満々の酔っぱらいが、コンビニの買い物カゴに缶ビールやおつまみを突っ込むのを、どうやって阻止しようと考えながら。

子午線を越えて夜を掴まえて
18'0909

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